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【舞台 オセロー】覚え書き①

 

 

シェイクスピア著、河合祥一郎訳『新訳  オセロー』(角川文庫,2018年)

 

より台詞を参照・引用。

 

 

 

 

【第一幕】

 

 

女の歌声が響き始める。揺れる水面のような照明が当てられ、ゆらゆら輝いていた幕が開く。 

 

舞台は重々しい雰囲気の水上。背景は夜の空、雲。

歌声に男声が混ざり、不気味な音楽が重なっていく。 

 

 

暗い照明の中、二艘のゴンドラが現れる。ゆっくり手を動かすゴンドラ漕ぎ。項垂れていた乗り人が同乗者を抱き寄せたり、キスをしたりしている。 

三艘目のゴンドラには、イアーゴーとロダリーゴー。遠くで鐘が鳴っている。

 

 

ロダリーゴー「ちぇ、ふざけんなよ!」

 

彼はデズデモーナへの恋心ゆえに、彼女を奪ったムーアが憎い。

 

イアーゴー「畜生、人の話を聞けってんだ!」

 

それ以上に、イアーゴーも奴が憎い。実戦のないキャシオーが副官におさまり、自分は旗手になったのだ。「じゃあ部下なんて辞めちゃえば?」と言うロダリーゴー。イアーゴーがここで胸中を語る。奉公は見かけばかりだ、根性があるのだ、と。

 

ゴンドラに立ち上がり、「天もご存知だ」と続ける。本心を曝け出したりしない。愛も義務もあるように見せかけ、俺は俺の目的の為に奴に従ってみせるのだと。 

 

 

 

 

 

 

舞台中央に、二階建てのブラバンショー邸宅が現れる。玄関より上手寄りに、二人を乗せたゴンドラが止まる。

 

降り立ったロダリーゴーが左右に走りながら叫ぶ。デズデモーナの父、ブラバンショーを起こし焚きつける為である。イアーゴーは小舟に乗り込んだまま、椅子に座って左足を組んでいる。

 

イアーゴー「起きろ!おーいブラバンショー!泥棒だ、泥棒だ!戸締りに気をつけろ、娘に気をつけろ!泥棒だ、泥棒だ!」

  

警戒し吠えだす犬。

 

二階、向かって左のカーテンが開き、騒ぎを聞いたブラバンショーが顔をのぞかせる。「みなご在宅ですか」「戸締りは万全ですか」ロダリーゴーとイアーゴーが畳み掛ける。イアーゴーがひらりとマントを翻す。

 

ロダリーゴーが、娘が今ムーアと共にいることを報告する。この長い台詞の間、イアーゴーは静かに苛つくように、指をトントンと動かしている。

 

ブラバンショーが、明かりをつけろ!と声を張り上げ、邸宅の窓という窓から起きた従者らが顔を出す。 

 

イアーゴーがゴンドラをおり、漕ぎ手に軽く手で合図をする。去るゴンドラ。

ロダリーゴーへの指示を出し、イアーゴーは邸宅の裏、舞台奥へ退場。部下でありながらムーアの不利に働く立ち回りをしたことを隠す為。

 

 

 

本当に娘は家にいなかった、もう結婚してしまったのか?と憤るブラバンショー。娘とムーアを捕らえようと、ロダリーゴーに先導を任せる。

 

「ロダリーゴー…くん!この礼は必ずしよう」と手を取られた彼は、客席に向かい、心底嬉しそうな顔を見せてから邸宅へ入る。

 

「お嬢様…!」一人の侍女(乳母?)が窓から嘆いている。

 

 

 

 

 

 

 

引き続き水上。舞台下手側にサジタリアス館。上手にもう一つの邸宅、奥に装飾のある橋。

  

イアーゴーとオセローを乗せたゴンドラが花道から現れる。堂々と顔を上げて立つオセローと、跪きうつむくイアーゴー。

 

イアーゴー「しかしあの野郎、そりゃあひどいことを言ったのです、閣下を侮辱して。それはそうと閣下、ほんとに結婚なさったんですか?」

ブラバンショーが痛い目に遭わせようとするでしょう、と忠告してみせるイアーゴー。

 

ゴンドラがサジタリアス館に乗り付ける頃、舞台奥から別の明かりが近づいてくる。上手側に止まったそのゴンドラには、副官キャシオー。

キャシオー「公爵から閣下にご挨拶です。急ぎご出頭されたいとのこと、今すぐに。キプロスから何かあったのでしょう。緊急の用件です。」

オセローは、同行する前に家の者に一言、と館に入る。

 

「将軍はここで何を?」キャシオーが問う。「今晩、宝船を乗っ取ったのです」、結婚なさったのです、とイアーゴーが答える。「誰と?」「相手は―――」答える前にオセローが戻る。

 

舞台中央に別のゴンドラが現れる。ブラバンショー、ロダリーゴーである。松明と武器を持つ男は橋にもぎっしりと現れる。松明からは煙が上がる。

 

犬の鳴き声。緊迫した雰囲気。(オセロー以外)揃って剣を抜く三艘。「ロダリーゴー、来い!俺が相手だ!」、イアーゴーも短剣を抜く。

 

「この泥棒め、娘をどこへやった!?」、激怒するブラバンショーに、オセローは落ち着いた声色で応える。それより今は国家の一大事だと。

 

ブラバンショー「公爵が閣議を?こいつを連れて行け!どの議員も、この不当をわがことのように思ってくれよう。こんな暴挙が罷り通ってよいはずがない!よいなら、奴隷や異教徒に国を任せても大差ない!」

 

ここで音楽が流れ出し、舞台奥から、また新たな一艘が現れる。マントを被った黒服の女が、棺桶に向かいおいおいと泣いている。悲しみに暮れるゴンドラが、キャシオーとロダリーゴーの小舟を割って通る。

 

女と棺桶を乗せたゴンドラは、そのまま花道へ。舞台は暗転。

 

 

 

 

 

 

薄暗い水上から舞台はガラリと変わり、明るい照明、重厚感のある音楽。

扉が二つ。シャンデリアも二つ。壁には殉教を思わせるような巨大な絵画(矢で身体中刺された人)。

 

二人の議員が、客席を通り舞台へ上がる。舞台上では、青い衣装の公爵、赤い衣装の議員ら大勢が広い楕円テーブルを囲って騒めいている。特に身分の高い者だけが、模様のある衣装。上手下手には、手を後ろで組む軍服の男。上手側には生成色の巨大な地球儀がある。

 

一同の元へ、客席通路より、使者が駆けつける。知らせを入れるこのやりとりが二回ほど。やはりトルコ軍の目標はキプロスだと睨む一同。

 

花道を通りブラバンショー、オセロー、キャシオー、イアーゴー、ロダリーゴーが登場する。

 

公爵がオセローに出動だと命じた後、ブラバンショーが訴える。「娘が騙されたのです!これがその男です!」差し出されたオセローに、議員らが騒めく。

この時、下手からロダリーゴー、イアーゴー、キャシオー。デズデモーナへの愛を語るオセローの言葉に、ロダリーゴーは素直に嘆く身振りをとったりする。頷いたり、思わず身を乗り出したり。終には隣のイアーゴーの肩に手を置き無言で訴えるロダリーゴーだが、イアーゴーはそれを視線で払いのけるなど、ほぼ表情を崩さない。

 

オセローは何故自分達が愛し合うか、デズデモーナをここに呼び話をさせようとする。連れてくるよう任されたイアーゴーが、花道から一人退場。

 

厳粛な歌声の中、花道からデズデモーナ、イアーゴーが登場。舞台へあがる前に、白いドレスの彼女が花道で天に手を伸ばす。

彼女はブラバンショーの目の前に呼ばれ、オセローを「わが夫」と言う。彼女が認めたことで、議題は国家の戦争のこと、オセローがキプロス島に出兵すること、デズデモーナの同行を許すこと、オセローへの細かい命令・情報はイアーゴーに託すこと、今晩にはここを出ることへと進んでいく。

 

ブラバンショーは、「父親を騙した女だ、騙されるぞ、そなたも。きっと」と吐き捨て、公爵らに続き扉から退場。ロダリーゴーは悔しげに去る。キャシオーは去り際、頼んだぞと言うようにイアーゴーに合図して行く。

 

舞台上にはオセロー夫妻とイアーゴーのみ。

妻が裏切るはずがないと言い切るオセロー。「デズデモーナを預けていくぞ。お前の女房をそばにつけてくれないか。一番よい折を見て、二人を連れてきてくれ」、イアーゴーにそう告げ、「一緒に過ごせるのは一時間だけだ」とデズデモーナを連れ花道へ退場。

 

従順に頭を下げ見送っていたイアーゴーだったが、上げた顔は酷く歪んでいる。ひらりとマントを翻し、引きちぎるように外す。

  

扉からこっそり顔を覗かせていたロダリーゴーが、このタイミングで戻ってくる。イアーゴーは自身から剥ぎ取ったマントを乱暴に卓上へ放る。

 

ロダリーゴー「どうしたらいい?身投げして死にたいよ」

イアーゴー「馬鹿馬鹿しい」 

 

「財布に金を入れておけ」とイアーゴーが強調する。テーブルに腰掛けロダリーゴーを諭す。肩を引き寄せたりして。

 

「今度の戦争について行くんだ、付け髭で変装して。」

「女はおまえのものにしてやる。一緒に復讐しようじゃないか。おまえがやつの女房を寝盗れば、おまえはお楽しみ(ロダリーゴーを指でさす)、俺はお慰みだ(自分の胸を指して笑う)。行け、金を作れ。この話はまた明日だ。」

 

走り去るロダリーゴーを背に、振り向かぬまま「わかったか!」と投げかける。「田舎の土地を全部売るよ!」、困り顔で笑うロダリーゴーが退場すると、イアーゴーの独壇場である。

  

 

舞台は薄暗くなり、背景は青く染まる。イアーゴーの独白。空がゴロゴロと鳴り始める。

 

「こうして阿保は金づるとなる。俺はムーアが憎い。世間じゃ、やつが俺の女房の布団に潜り込み、俺の代わりを務めたという。俺は単なる疑いでも許しちゃおかない。ムーアは俺を信用している。騙すのには好都合だ。」

「キャシオーはいい男だ。さて、どうするか。あいつの地位を頂いて、一石二鳥の悪事といくか。どうやって?どうする?(そのまま立ち上がるイアーゴー)

オセローの耳に吹き込むんだ、あいつが奥さんに馴れ馴れしいってね。」

 

正直者のフリさえすれば、ムーアは騙せる。ロバみたいに鼻面を引っ張り回せる。

 

テーブルに立ったイアーゴーが客席に背を向ける。笑い、笑い声は大きくなり、そして「うああーー!!」、激しく叫ぶ。

振り向くイアーゴー。

 

「よおし、これだ!思いついたぞ、極悪至極!このおぞましき誕生を世の光に曝すのは、闇の地獄!!」

 

ここで落雷、轟音。背景は赤く染まっている。

 

 

 

静かな音楽が流れ出し、雷も遠ざかる。

 

イアーゴーが地球儀へ視線を移す。軽やかに滑るようにテーブルを下り、その地球儀(バルーン)を手に取る。おもちゃを見つけた子どものよう。くるくる回したり、頭上へ放り投げ(そのタイミングで華麗にターンするなど)たり、気の向くままに弄ぶ。右手から左手、上手から中央。片足を折ってテーブルへ寝そべり、ふわり、ふわり、投げては手に取るイアーゴー。そのまま終幕寸前で口元を緩め、純粋な笑い声を上げる公演もあった。