きみが世界だ!

@lazysunday_mn

拝啓 26歳の重岡くん

 

 

 

重岡くんって本気で燃えてるんだなって感じるとき、世界でただひとりの重岡くんが世界でただひとりに思えなくなることがあります。ホラーじゃないです、とてもいい意味で。理想的ですし彼のハートへの希望的観測なのですが。

 

「燃えてる」。

 

 

 

恐らく、あの詞曲に打ち込んでいたときも。

 

 

内省的に始まって、そこから外へ外へと向けられた曲です。そんな「間違っちゃいない」という、あんなにも吐露から始まるような曲を書いていたときも、燃えてたんだと思う。

 

 

もちろんツアーでそれを披露するときもそうであるはずで、見たこともない「熱い」を爆発させてくれるんだと思ってた。思ってはいたけれど、思っていた以上だったんです。

 

魂狙って豪速球。ど真ん中へストライク。ホームラン通り越して宇宙。咲き誇って夢なんてもんじゃなかった。そりゃ夢も咲き誇るよ、花どころじゃないです。

ものすごい球が突き刺さってそのまま胸元へ沈んで溶けていくもんだから、わたし今までこんな思いしたことあったかなって。ここまで強くパッションを浴びせられたことあったかなって。

 

 

人の身体は容れ物だとかよく言うけれど、仮にそうだとしたら重岡くんの魂はその殻ぶち破って人のそばに、すぐそばにまで来てくれる気がしたんです。魂と目が合うような。

 

身体はひとつだけれど思いは遠くへ。どうやってやるんだろう、わたしもそうなりたいと憧れが止まらないんです。

 

 

 

 

 

 

「気持ち」に自信を持っている重岡くんがだいすきです。自信がありますって言葉にしてくれる重岡くんも。

 

 

発売数日後、WESTVの円盤、本編とドキュメンタリーを見ました。

すっげ泣いた。盛りグセじゃなく8時間はかけた。「胸がいっぱい」以外に何も言えなくなって、多幸感がこんなにも身体に重たいことってあるんだなって思った。無音のイヤホンで耳栓したまま、あの曲やあの曲を再生することも忘れたまま帰宅した程。

 

わたし自身が人にかけてあげられた言葉の中で、いちばんやさしかったことって何だろうって考えていました。考えたけれど。たぶんでもきっとでもなく。「間違っちゃいない」のワンフレーズだけでも、及ぶほど素敵なものはなかったんです。

 

 

 

 

 

重岡くんの優しさは「想像力」であって、その「想像力」は純度の高い優しさだと思うんですよ。

 

 

「優しい」にガッチリと決まった定義はなく、きっと10人いたら10人違うこと言うと思います。極論言えば人が「わたし(俺、僕)」にさえ甘く優しくしてくれるのならば、まぁまぁしっかり酸素は美味い。そう思う。

 

ただわたしは、優しさとは「想像力」なのだと思っています。

 

 

 

そんな十人十色な感性の中で、夢見がちなわたしが、重岡くんの優しさの話をします。怒んないデネ。

 

 

 

 

わたしは、重岡くんの「想像力」は内より外へ外へと向く力が強いんじゃないかと思っています。

 

わたし(自己紹介:頭が弱いです)の言う前者は、自他の境界線を故意に出たり入ったりすること。鏡の前で、誰に見せつけるでもない反復横跳び。自意識の可動域を彷徨いがち。幽体離脱みたいだったりする。シンプルに酔いしれること。自分どう見えてるかな、今ってかっこいいかな、ダサくないよな?って手鏡こしらえること。自撮りみたいな。

 

後者は、人の心を想像すること。他人の気持ちなんて一生わからないけれど、想像をすること。「この言動であの子はどんな気持ちになる?」って一回考えてみること。経験と軌道修正が必要だったりする。信頼と理解への粘りも。千差万別、千載一遇、使いまわせる答えなんて一生ない。ましてや、そのチャレンジがかえって相手を傷付けてしまったり、それに自分も傷ついたりする。前者を一度ある程度捨ててしまわないといけないと思う。捨てないまま後者に挑むと失敗してしまう。偽善的な自己愛度数が上がってしまう。そして成功すると、心底人の為に泣けたりする。

 

 

 

ここまで書いて思ったんですが、えっと…?どっちも切っても切れないものだとも思う……。(※これを書いている今、8月25日23:25。やっべお誕生日間に合わねぇ〜〜と焦っています)()

 

まぁ…。

 

人へ向けるから、向けられる。あんな風に笑って、心は泣き笑いして、さらけ出してくれた重岡くんを尊敬しています。わたしの自己保身からくる話をすると、もしそれが重岡くんのとる「スーパーアイドル重岡くん」の「ポーズ」だとしても、わたしは好きで好きで憧れて止まないんです。

 

 

こっちへ向けてくれた分、これまでのわたしの人生でいちばんやさしい詩曲をくれた分、わたしだって返したいもんね。そんな素敵な貴方様を、今度とも愛していてね。愛せない日はオタクが愛するからさ。すげぇいらないかもしれないけれど、大好きなんですから…。

 

 

 

「間違っちゃいない」を書いてそれを披露するあの重岡くんのお顔を見てしまうと。彼は自身の「好かれたい愛されたい」よりも先に「好くとか嫌いとか気にすんな!でもま〜好いてんで!大丈夫だよ俺もそんな気持ちあったもん、苦しいのわかるぜ、大正解じゃないときもきっとお前は間違ってはいないよ」を届けてくれようとしていたんだなって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だって。

 

 

 

 

あのね。

 

 

 

 

 

 

泣いてたんです。笑いながら、ああやって裏で泣いていたんだもん。あんなに眩しく素敵に。狂おしく愛おしく、あの円陣の熱の中で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この瞬間めっちゃくちゃ好きっす!!イェーーーーーーーイ」の時点でね、泣きそうにわらってさ。

 

 

そういう重岡くんがだいすき。

 

 

 

 

 

 

 

「キミの夢が叶うのは

誰かのおかげじゃないぜ

風の強い日を選んで

走ってきた」

 

 

「間違っちゃいない」には及ばないかもしれないけれど、とても重岡くんに似合う歌詞だなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

27歳のお誕生日、おめでとうございます。

 

 

 

 

「間違っちゃいない」を聴きました

 

 

重岡くんがすきだっていうお話をします。まぁまぁ酷いメロり方です。ジャンルでいうと一人でめそめそするタイプのメロです。もちろん夜中に勢い任せで書いています、机には缶チューハイ。こんな女には気をつけろ。

 

 

今日、「間違っちゃいない」を聴きました。

(※これまで、発売前につき未聴にも関わらずこれだけ騒いだわたしの戯言をここで。)

 

 

 

 

 

 

 

これだけ期待してたんですよ、想像を膨らませて。わたしの中で最も理想的に認めてくれる言葉だと思いました。「間違っちゃいない」って。

 

そもそも重岡くんは、よく人の背中を押します。

これはお芝居のお話ですが、溺れるナイフの大友くん。宇宙を駆けるよだかの火賀くん。

物理的にも精神的にもよく背を押します。当て馬と呼ばれるポジションが似合ってしまう。お芝居してるのに、役なのに、ハマりすぎてて全部全部ほんとの重岡くんに見えてしまう。たぶんそれって、重岡くん自身もまた、人の背中ポン出来るひとだからだと思ってるんです。「一緒に肩組んでドーン!」も似合うし、「陽だまり」になったり「あなたのジャニーズWEST」になってくれたりね。

 

そんな重岡くんが書いた曲、きっとすごくあったかいから。ソワソワドキドキしながら、「WESTV!」を手にするなり真っ先に曲を聴きました。聴いたら。

…想像通りでした。もちろん良い意味です。あーこれわたしの大好きな重岡くんだ、何にも教えてくれないくせにたまーーーに深いところ急に教えてくれる重岡くんだ。やさしくて優しくて優しくてとっても聡明でクレバーで。人の心を掴んで離さない重岡くんでした。

 

「消えたくなった夜も 逃げたくなった朝も まぁまぁカッコいいんじゃない」って歌詞がとりわけ好きでした。主人公だから。そのままフェードアウトするキャラクターじゃないから。落ちてる瞬間でも主人公は主人公だから。カッコいいよ。そしてそんな言葉を自分にも人にもかけられる重岡くんはカッコいい。

 

 

それから、歌い出しの歌詞や「赤ペン」というワードを見て、この曲で重岡くんが指す「間違い」って「他人と比べたときの自分に生じるもの」なんだろうなぁ…とか考えました。他人とのズレというか、個性というか、優劣というか。

なんとなく思い出したことがあります。教室で赤ペン握ったとき。隣の席の子と小テストの用紙を交換して、お互いに丸をつけ合う。もちろん決まった答えなら○、違うワードや数字なら×です。それが当たり前です。逸れれば×なんです、基本的教育においては。でも人生においては、正解の範囲って実はまぁまぁ広いんですよね。立派な大学出ていい会社に入って出世することだけが100点じゃないみたいに。

こちらが解答用紙に答えを書けば、そしてそれが真剣であれば、一緒に考えて笑って花丸つけてくれそう。重岡くんって。

 

聴きながら、歌い出しの時点でもう涙が溢れてくるのに、大サビ前、ギターのハーモニクスみたいな音でポロッてまた涙が落ちました。

 

怖いと思ったことがあるんですよ。例えば、就活でいっせーのせっで似たようなリクルートスーツを着たとき。例えば、面接で良い自分だけ無理やり強調したとき。その良い自分もほとんど虚像だったとき。それなのに他人の欠点に目がいってしまったとき。進路を選べないとき。食事も睡眠もいらなくなったとき。お洒落や流行に興味がなくなったとき。自分消えちゃえって思ったとき。まだ若い人を介護したとき。家族を亡くしたとき。

 

「貴方の進んできたそれは正解だよ!間違いないね!」って言われるよりもずっと、少し間はあくけれど「…間違っちゃいない。間違っちゃいないんだ。」って言われる方が、ずうっとずっと染みてしまうこと。

 

重岡くんってきっと、そんな心まで全部掬ってくれる。

 

 

 

 

 

 

そういえば、重岡くんを好きになったとき。

笑顔で人を救えるひとって、ほんとうにいるんだなあと思いました。

 

誰にでもあるじゃないですか、「なんか最近心がしんどいぞ」みたいな。

全然だいじょうぶ、全然まだ頑張れるんだけど。でも待ってちょっと休憩、なんて言ってられないけど。みたいな。

 

で、そんな日。

たまたまバーって見てたツイッターのタイムラインに、重岡くんの画像が流れてきて。

椿を咥えて笑っていました。溺れるナイフの大友くん。ライブでの笑顔。写真集でのピースサイン

その数枚を見て、何故か急にぶわあーって安心してしまった。

ジャニーズWESTのメンバーで、お名前は重岡大毅くん。笑顔が印象的。それくらいは知っていました。溺れるナイフなんて見たことあったのに。あれで落ちなかった自分がこわい。(ど新規がバレた)

心が陰った時にたまたま見た重岡くんはびっくりするほど染みました。たぶんその頃、誰か知らない人に笑ってほしかった。

初めて見る人じゃないから、一目惚れじゃないんだろうけれど。

 

 

どういうふうに重岡くんを好きかと言うと、憧れが強い気がします。加藤シゲアキ先生の一文を借りると、「それは恋とか愛とかの類いではなくて」。

 

……………………。(自分の発言を考え直す顔)

 

いや待ってそれは強がったじゃん?(訂正が早い)毎日のようにお慕い申しあげちゃってるじゃん?同期の重岡くんも幼馴染の重岡くんも大好きじゃん。夢に重岡くんが出てきても夢だからどうにでも出来るのに顔赤らめてモジモジしてるじゃん。恋でも愛でもあるだろうがよ。

 

でも。でもなんです。憧れる部分がすごく多くて深くて。

何も知らないくせに、わたしもこんな人になりたいとか思う。この人を目で追うだけで引っ張り上げてもらえる気がする。ていうか自分の体くらい自分で持ち上げられるようになりたいと思う。なれる気もする、根拠はないけれど。重岡くんみたいになりたい、わたしが想像するだけの重岡くんなんだけれど。

 

 

わたしは、わたしの人生をわたしのものにしたいです。重岡くんを目で追っていたらそれが叶う気がして。宗教じゃないんだけれどね。

 

そんな思いが、またちょっと育った気がしました。

 

はぁ、重岡くんがだいすき!!!

明日もがんばろーっと!!! 

 

 

 

 

 

オセロー、雑感と深読みとごちゃごちゃと

 

 

 

わたしの9月は神山くん(イアーゴー)でした。

 

 

舞台 【 オセロー 】

 

それくらい素晴らしかった。カーテンコールでは、指輪が痛い程に拍手しました。

 

 

 

 

魂としては勝手にもう、わたしは重岡くんを目で追ってたいのになあ。もちろんいい意味です。四六時中、舞台オセローやイアーゴーや神山くんのことを考える9月でした。通勤電車でレパントの海戦について調べ出した時は、さすがに自分が怖かった。それくらい、舞台オセローに夢中でした。なんならこれを書いている今、24魂を見ていたはずなのに一時停止してるぐらいです。

 

 

 

 

 

 

 

舞台を観てから、ぼんやり考えたこと。

まず、イアーゴーの「男性性」に関して。

 

 

 

 

 

 

イアーゴーがエミーリアを刺し殺すとき。

オセローがイアーゴーの足を斬りつけるとき。

 

同じように息を吞む数秒が流れました。

 

前者は抱きしめ、あらゆる感情の波をやり過ごすように。後者はねっとり、より痛ぶるように。

 

もちろん、ロダリーゴーが刺されるときもオセローが自らの喉を掻き切るときも、衝撃的ではあったのですが。

 

 

 

イアーゴーが、妻をも刺してしまった理由。なぜなんでしょうね。あの賢い策略家が、特に仄めかしていなかったのに。

 

たぶん、ブワッと湧き上がった怒りのせいじゃない。あの状況で、一同の前で「殺して見せ」なきゃいけなかったからだと思うんです。

 

 

 

そう思ったのは、彼が「男性」として生きていたから。 

(ここからわたしが男性だの女性だのと繰り返すのは、安易な想像でも当時の話を考えたい故なので…何卒…)

 

 

イアーゴーはオセローを欺きながら、「それでも男ですか」とか「男を見せてください」とか言っていました。「男がすたる」とか、魂だとか分別だとか、忍耐だとか。ロダリーゴーに対しても、気骨とか言います。身投げして死にたい、なんて「馬鹿馬鹿しい」と一蹴します。そんな男の人なんです。そして彼は終始軍服を着ています。

 

 

当時の「男性性」「女性性」は、今よりきっと、もっと強烈に蔓延っていたもの。寝盗られの概念も、今よりおぞましいものだったんですよね。

 

 

物語からは少し逸れますが、19世紀、ヴィクトリア期のとある評論家の演説を思い出しました。シェイクスピアに関しても言及した人物です。*1

 

彼が言うには。

 

男性の力能は「積極的・進取的・守護的」です。対して女性の職能は「賞賛」です。

つまりは女性は、教養はなく、ただ夫を褒め称えるための人間。

女性は家庭に留まり、過誤を犯さず、夫より高くとまらないべきだとか。そもそも結婚制度の歴史を辿れば、夫は妻に対し、生殺与奪の権利すら持っていた。夫が妻を断縁できても、その逆などあり得なかった。妻は奴隷そのものだった。

 

と、事実として、そんな時代もあった。

(当時の英国はもとよりイタリアに関して全くの無知なので、これ以上深く言及できないのが情けないのですが。急に雑。)

 

 

 

話を戻します。

 

つまりは、おそらく男性性を意識する男が、女性である妻を従わせられなかったんです。エミーリアは夫に従うべきと言いながら、デズデモーナや神への忠誠を守った。だから夫の悪事を正直にバラした。彼からしたら、これを黙って許してしまう訳にはいかないんです。だってそうしたら、彼が信じている男性性とか誇りは消え去ってしまう。男性であるイアーゴーはイアーゴーでなくなってしまう。

 

そもそも彼の復讐は、「副官になれなかったこと」、「妻が寝盗られたという噂*2」から始まります。

 

人一倍、劣等感の強い男性です。一同の前でその妻が、正義のもとに、自分に従わなかった。

 

だから自分が自分を手放さないためには、妻を殺して見せなければならない。妻より強くいなければならない。抱きしめて、顔を寄せて、でも確実に。そのとき至近距離の二人はどんな思いだったんでしょう。少なくともエミーリアに後悔は見えません。だからわたしは、エミーリアがなおいっそう好き。

 

そうして妻を刺したイアーゴーは、感情の波を逃してやり過ごしてから、逃げ去ったように見えました。表情は崩さずに。彼の表情に関しては後述。

 

 

わたしが初めて公演を見たときは、背後を取って脇腹からサクッと刺して、顔も見ぬまま逃げ去る演出でした。それよりも更に、凄く良かったですよね。

 

 

 

 

 

 

 

更に好き放題な私見を言うと、イアーゴーは最後まで、心から絶望する顔をしちゃいけないんです。彼の思う男性性によって。彼自身を守るためには。

 

第一幕冒頭で語った「本心を曝け出さずに」というのとは違います。ここで話していたのは、騙す過程の、策略の話なので。その上、駒にするロダリーゴーの前なので。

 

仮に何か思うことがあったとしても、彼は彼の感情を騙し続けます。本能的に。

 

イアーゴーは自分の悪事が知れた後も、ほとんど表情を崩しません。肩で息をしたり、痛みに顔を歪めることはあったけれど。少なくとも後悔とか絶望とかを、分かり易く出しちゃいない。

 

悪事がバレて後ろ手に縛られたときも、「これからは一言も口をきくものか」と沈黙を守ります。オセローの最期の台詞の間は、呼吸以外全く動かずに地面をジッと見つめ続ける。終幕直前、公演によっては口元を歪めたこともあったけれど。

 

 

あからさまに崩さないことで、「イアーゴーがイアーゴーのまま舞台が終わったんだなあ」と思いました。

 

わたしにとっては、それが逆に彼の人間味でした。

 

だって、自分を守れるのは自分だけだもんね。だから、よかった。もちろん救いはない悲劇だけれど、その中で少しだけよかった。

 

 

 

 

 

 

それから、イアーゴーが左手薬指に指輪をしていないことが、無知な私にとってはほんの少しの希望だった気がします。

エミーリアはしている。オセロー・デズデモーナ夫妻もデザインさえ違えど、嵌めているのですが。

 

既述ですが、第一幕の冒頭で、イアーゴーは言います。趣旨として、「見せかけの忠誠が示せればいい」と。正直者のイアーゴーを演じ相手を欺ければ、腹は真っ黒くてもいいのだと。

 

でも、見せかけって何でしょう?例えば、見せかけだけでも優しく振舞える人は、優しさの要素ってどんな言動にあるか知っています。優しさってこういうものなんだなって気付いた経験が無ければ、その人は優しいフリが出来ないみたいに。

 

かつて本当の忠誠を真正面から捉えたことがあって*3、正しく受け止められる心があったからこそ、イアーゴーは“忠誠”を語れるんですよね。それが歪んで、悪どい思考に繋がって、彼は策略を繰り返していく。

 

そんな、優しさとはどういうことか、騙すとか裏切るとかはどんなことなのかって知っていたようなイアーゴーが、指輪を嵌めていなくて良かった。この「悪」もある意味では、妻であるおまえにとっては、見せかけなんだよと言っているようで良かった。はぁーー我ながら必死なんですけどね。自分が可哀想ですね(^ω^)

 

 

 

 

 

だいすきなエミーリアの話をします。

 

 

デズデモーナほど幼さはなくて、視界も彼女ほど澄んではいなくて、そんなエミーリアが好きでした。

 

絶対の貞淑を誓うことができて、身も心も夫に捧げたデズデモーナ。彼女は無邪気に「あなたのため」と語れて、キャシオーの件でも自分のお願いなら届くと信じていた。真っ直ぐで、眩しいほど美しい女の子。

 

対してエミーリアは、夫や男性を悪く言うことがあります。「女性性」への悔しさを知っていて、きちんと言葉にすることもできる。

 

 

「夫は、妻にも感情があると理解すべきなんです。女だって目も鼻もきく。甘いも辛いも夫と同じように感じる。」*4

 

「妻がいるのにほかの女に手を出すって何です?遊び?そうなんでしょう。つい火がついて?そうでしょう。過ちを犯すのは心の弱さ?それもそう。…で、女には火がつかないとでも?」*5

 

 

 

だけど、「煉獄の苦しみにあっても」夫のためなら何でもできると、言える女性。

 

事実、拾ったハンカチを用途も知らぬまま夫にあげてしまいます。忠誠を誓ったデズデモーナにとって、大事な品だとあれほど知っていたのに。夫のために。

 

 

「亭主を皇帝にできるなら、誰だって浮気の一つや二つやりますよ。私だったら、煉獄の苦しみにあってもやりますね。」*6

 

 

 

そんな彼女が実際は、夫の悪事だけは許せなかった。自分が世界の頂点にいたとしても、きっと許せないんでしょう。許してしまったら、神に背いた夫は、地獄に落ちてしまうから。

もし本当に、善悪だの法律だのを変えられる権利があったとしても。恐らく宗教は変えられないから。

 

 

だけど、許せない悪事への怒りが夫へというよりも、「馬鹿なムーア」とオセローへ向けられたこと。何だか健気で、人間味で、深くて、切なかったですよね。

 

 

 

「お喋りだ」「いつだって喋る」と夫に悪態付かれた彼女の最期の“お喋り”は、正しさと愛そのものに思えました。

 

ひょっとしたら、デズデモーナにも勝る、深い愛なんじゃないかって。イアーゴーの劣等感とか複雑な愛に対して、真っ当にむしろ強く対峙するような正義を持つ妻。

 

 

 

「これで本当のことを言えたから、わが魂は救われます」*7

 

 

エミーリアの最期の台詞。

できれば、夫のことも救いたかったんだろうなあ。

代わりに真実を話したんだから。

 

なんて考えたり。

 

 

前田亜季さんのお芝居、ググッと心臓を掴まれっぱなしでした。心臓が熱くて冷たかった。素敵。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

観ていたつらかった台詞に関して。

 

イアーゴーは失神したオセローに対し、「沁み込め俺の毒薬、全身にまわれ」と吐きます。段上から見下すように。自分が世界を掌握していると、信じなきゃいけないように。この台詞が、ものすごくつらかった。

 

毒薬。

 

そんなの、自分自身にも回ってるじゃないですか。悪いことをしたあとで、胸がチクッてなるのと一緒。血液がヒヤッて凍るのと一緒。ここではもっとひどい。

 

イアーゴーが悪い顔で、右だけ口角上げて笑ってみせるから、尚更つらかった。だって。

 

すげーブーメランじゃんね。風魔手裏剣影風車かなって。つらい。気付いてイアーゴー。気付いていても、もう引き返せないんですけどね。というかきっと気付いてるんですけどね(泣)はぁ。

 

 

ちなみにひっそり一番好きだったイアーゴーの台詞は、モンターノーとキャシオーの喧嘩のシーン。「やめろと言うに!」です。好きポイントがひどい。「やめろと言うに」でツイッターの検索かけるという当たり前に無謀なことをしたことを懺悔します。

 

第二幕のこのシーン、喧騒にかき消されながら叫んだり(滑舌が良い)、顔を上げて純粋な笑い声を零したりするのが良かったです。杯の歌の迫力も。

 

 

「俺たちの肉体は、俺たちの意思が種を蒔く庭みたいなもん」という性格に関しての台詞は、カットされていたけど観たかったなあ、とも思ったり。新訳通して一番に好きなので。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場面は変わって、第三幕。イアーゴーが本当に「正直」な顔をしていたシーンがありました。悪党イアーゴーが一瞬だけ幼く見えたシーン。

 

 

イアーゴーがデズデモーナを慰めたとき、彼女は目の前で跪いている彼に抱きつきます。

 

これからオセローに殺される女の子。イアーゴーにとってはそれが既知であって、その殺害を許したんですよね。復讐の材料にするためだけに、自分が殺すようなものです。

 

その女に泣きながら抱きつかれる。何も知らないで、悪党の自分を信じて、縋ってくる歳下の女の子です。

 

この抱きつかれたイアーゴーが、珍しく、本当に正直に見えました。ロダリーゴーみたいな顔。目を丸くして、ハッと息をのんで、彼女の背に腕を回しかけます。でも、そりゃあなかなか触れられない。手が背中で浮いている。戸惑って間が空いて、とうとう控えめにその背に触れる。

 

この数秒だけ、なんだか幼かった。観ていて馬鹿だなとも思えた。神山くんが演じるから色眼鏡なんだろうけれど、このイアーゴーが愚かで滑稽で情けなくて、馬鹿正直で可愛くて苦しくなった。

 

そうして、彼女と自分の妻が去った後。ガランと渇いた音を立てて、扉が閉まります。これまでは開閉に音なんてしなかったと思うので、遮断されたみたいでした。

 

ひとりぼっち。イアーゴーが鏡にうつる自分を睨みます。そうして、怯えた声を上げて、おののいて後ずさって、尻もちをついて、叫ぶ。

 

 

イアーゴーが明らかにやつれていったのは、このあたりからだった気がします。猫背気味で、たまにふらついて、時折ぜぇぜぇと肩で息をする。

 

そのくせ。ふらふらなのに、退場のたび、走り去るようになるんですよね。背を丸めて、勢い任せで。冷静に歩いちゃいられないみたいに。これまでは素早く階段を駆け上がったり、姿勢良くスタスタ歩いたりして捌けていたのに。

 

 

罪のない、十代という若さの、歳下の、美しい女の子。デズデモーナのあのハグが、毒抜きになるはずもない。むしろ罪の実感が加速されていく。でも戻れません。鏡にうつった自分はおそらく怪物のようだったので、尚更。

 

 

 

 

 

 

鏡の演出、個人的にはめちゃめちゃ良かったです。気味が悪くて。鏡って気味悪いです。

 

舞台上には、それぞれ演者さんが二人ずつ。しかも反転して。横顔は右も左も見られる。客席には顔を向けているのに、同時に背中も見られる。どれが誰で、どれが偽物本物とか。ごちゃ混ぜになる。

 

騙したり騙されたり、寝返ったり、裏返しになったり。っていうのが、巨大な鏡で視覚的に見せつけられているようでした。その上客席まで映る。視界がグラグラして苦しくて、それが良かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神山くんの話に戻ります。

 

台詞量も多く責任も重いイアーゴーを、代役として神山くんが演じると知ったとき。ある言葉を思い出しました。

 

「打たれる回数はめっちゃ多い」と、いつかのどこかで語った重岡くん。「歌手の人にはかなわない、役者さんにはかなわない、芸人さんにはかなわない。」

 

「神山くんの舞台、もしご縁があれば観に行きたいな」、ものすごい大役らしいし。発表された時は、そんな風に思っていました。でも、ラジオで「吐きそう」「ノイローゼになりそう」と話していたのを聞いて、そんな舞台、この目で観なきゃと。何でもこなして当たり前のジャニーズが、自分の大好きな人のひとりが、そんなにボロボロになっても頑張っている姿、観なきゃ!と。

 

すぐにチケット松竹にアクセスして、駄目元だったのに空席はまだあって、しかも良い席もたくさん。空いているならと手を出したけれど、観たあとにはもう一日だけ、と何度も観たい舞台でした。もっと観たかったな。

 

 

 

ほんとうに、生で観ることができて良かったです。偏差値3くらいのラリラリゆるゆるの頭で新訳を読み込んで想像したイアーゴーが、すぐ目の前で生きていた。息をしていたし、呼吸を乱してもちゃんと生きていた。

 

舞台を観て、新訳を読み直して、ってしながら思ったのは、神山くんは本当に台詞を綺麗に綺麗に覚えてるんだなあってこと。

 

「仕事の合間に覚えて、家では台本を開かない(ニュアンス)」って言っていた神山くんでも、この台詞量じゃさすがにそれは無理だったと。細かい言い回しや台詞の些細な順番まで忠実だったように思えて、想像もつかないくらい努力したんだもんね、と泣きそうになる新規のファン(わたし)。その台詞に乗せられる抑揚や表情が細やかで、いよいよ凄い人だなと。

 

舞台は観たけどまだ新訳は読めてない、って方がいらっしゃったら、ぜひ、とオススメしたいです。回し者じゃありませんが。だって神山くん、びっくりするほど台詞通りにこなしてました。もちろん所々台詞のカットはあれど、すごくすごく忠実でした。毎回同じ台詞を同じ熱で放ってました。台詞に関してはほぼ台本じゃんってくらいの書籍を700円以内で買えますので。ぜひ。ほんと誰だよなすみません。

 

 

もちろん芝翫さんは、熱がすごくて圧倒されてしまいました。神山くんのような綺麗な台詞でなく、公演ごとに言い回しがちょっとずつ違ったり。これも当たり前にいい意味です。お芝居というよりオセローの人生そのものだと、観て感じられました。目の前で命が消費されていく感覚…。素敵すぎる。それからカーテンコール等、神山くんにも神山くんのファンにもお優しくて、とことん器の大きく素敵な方だなあと。

 

 

 

近くにお座りのご婦人方が仰ってました。カーテンコールで神山くんが現れたとき、割れんばかりの拍手を聞いて。「やっぱりね、すごかったものね彼」、「イアーゴー?ジャニーズの方なんでしょ?」、「そうなの?知らなかった。でも本当、凄かったわよね。」

 

人選がすごい、って。若いのにすごいって。あの豪華すぎるキャストの中で。歌舞伎でも宝塚でも舞台でも、あの、お芝居に愛された方々の中で。

 

 

 

 

あー、凄かったな。すごかった。

 

聞き取りやすい声、滑舌、細かい表情のお芝居、すごかった。もちろん音楽も衣装も舞台演出も。これまでの人生で一番拍手した。だって、あの出来を見てしまうと、そんなに苦しんで悩んでたなんて、ちゃんと見えなかったよ神ちゃん。もちろんファンの色眼鏡であっても、同世代でこんなにカッコよくて誇らしい人が本当にいるんだって思った。

 

 

 

はあ。すごかった。アホみたいに放心した。今もそのまま。

 

 

今のうちに考えたいこと、書き残したいことはまだまだありますが、まぁまぁの熱量で覚え書きもしたので。9月はこれに費やした。文字数が気持ち悪いよお。

 

円盤化の要望も出したしね!叶うといいな!

 

降参してツイート感覚でブワーしときます。

 

 

 

 

 

  • 檀れいさんの声もお姿も天使。お歳を調べてびっくりしました。
  • 幕が開くといい匂いしませんでした?花道とか客席通路とか、演者さんが通るときとか。
  • 衣装とかセットに染み込んだ香り?甘い香り。特にビアンカ
  • イアーゴーはそのような香りしませんでした。好き。
  • ただ吐息の香りは感じました。好き。
  • 祝賀の伝令の河内さん?、声がすごく良い。
  • いちいち「んあぁっ(怒)」って付け髭引っぺがすロダリーゴー可愛い。
  • あとクルクルの髪が可愛い。地毛!?
  • 石黒くんの張り上げる声、流星くんに似てる。
  • イケメンが目の前でビアンカのお尻を揉むの拝見したときの気持ち。
  • 階段しゅたしゅた駆け上がるイアーゴーはスピードが忍。
  • 神山くんのツヤ肌がすごい。程よいツヤッッッツヤ。ファンデ圧倒的に薄い。
  • あと圧倒的に発汗量少ない。
  • いちいち顔が良い。
  • 独白の静かな音楽がヒリヒリきて良い。
  • 神山くんの瞳の水分量。ギラッギラ。ほんとにドライアイです?
  • 顔が良い。
  • おしり。
  • 軍服。肩幅。くびれ。血管。
  • イアーゴーのウェービーな長髪、よかった。争ってふわぁって上がる毛束とか。
  • 左耳ヘリックスが光ってた。普通にピアスに見えちゃったけど透ピなんですかね?
  • とろみのあるグレーのインナーシャツが脇から見え隠れして可愛い。
  • アイドル神山くんは、カーテンコールだけだった。
  • あの右横顔も、横髪も忘れない。

 

 

 

 

カテコのにこにこ照れ照れかみちゃんはもう、かみちゃんだった。照史くんがモンチって呼んであげたくなるのがわかった。舞台のことすべてを覚えていたいのに毎回カテコ引きずりまくった。だから三幕の覚え書きが雑なんですね。(この目で見て一番可愛かったのは、ベッドにつまずいて「テヘッ」てポーズとったやつです)

 

 

脳が露骨なんですよね、引きずりまくった結果。数日前の夢に出てきた神山くんは「俺を産んでくれたこの地球は最高!」とにこにこ両手を広げていました。起床即わかる。起き抜けの第一声「わかる~(泣)」

 

 

 

 

 

ジャニーズWEST神山智洋くん。

 

 

最高でした。本当に本当に、お疲れ様でした。わたしの世界の9月は、神山くんでした。悔しいくらい。

 

たぶん絶対!いやたぶん絶対って日本語はおかしいけど!

9月は貴方のものです!勝手に!大切にずっと思い出しますね。しんどかったと聞いたら尚更。

 

 

千穐楽まで駆け抜けた9月。お疲れ様でした!大好き!どうか美味しいご飯をたくさん食べて、楽しいゲームで遊んで、たくさん眠ってください。誰だよな。

 

最高にカッコいい貴方が私の9月で、よかったです。神山くんのことずっと可愛い可愛いって思ってたけど!カッコよかったです。

 

 

 

ありがとうございました!

 

おしまい。

 

 

 

 

 

*1:John Ruskin

*2:事実かはさておき、そんな噂が存在することがまず許せなかった。

*3:その相手がかつてのエミーリアなのかな、というところまで妄想済。

*4:シェイクスピア著、河合祥一郎訳『新訳 オセロー』(角川文庫,2018年) p.169

*5:同上、p.169

*6:同上、p.168

*7:同上、p.197

【舞台 オセロー】覚え書き③

 

 

 

【第三幕】

 

舞台上にはオセローとイアーゴー。第二幕の終幕前が再演される。(キャシオーを殺す指示から「永久にお仕え致します」)

二人は肩を組んで、イアーゴーがオセローを支えながら段を上がっていく。

 

 

 

 

デズデモーナ、エミーリアが花道から登場。舞台背景は変わらず大階段の場面。

 

ハンカチをどこで失くしたのかと嘆くデズデモーナ。「私の気高いムーアが私を愛してくれて、嫉妬深い人みたいな卑しさがないからいいけれど」、その言葉にエミーリアは「あの方、嫉妬深くはないのですか?」と返す。

 

 

オセロー登場。階段中腹あたりでデズデモーナの手を取る。湿った手の下り。

 

キャシオーのことを頼み始める彼女に、嫌な鼻風邪を引いたのでハンカチを、とオセローが話題を逸らす。差し出されたそれはいちご模様(実際はさくらんぼ?だった)のものではなく、黄色いハンカチ。

 

ここから「あれは?失くしたのか?」「失くしてません」とやりとりが続く。エミーリアは一人陰った表情。「もってこい、見せろ、ハンカチだ!」「今は嫌よ、お願いをはぐらかそうとなさってるんでしょ。キャシオーを赦してあげて」「ハンカチだ!」

 

苛立ったオセローが階段の向こうへ退場すると、エミーリアは「あれで嫉妬深くないんですか?」。

こんなこと初めてだ、なくした自分は最低だ、と落ち込むデズデモーナに対し、エミーリアは自分が拾ったことを明かさないまま、「男なんて」と悪態をついてみせる。

 

 

 

イアーゴー、キャシオーが上手から登場。復職への訴えを請うキャシオーに、夫が不機嫌であることを嘆くデズデモーナ。

 

「将軍が怒っていた?」疑ったような表情でイアーゴーが言う、「将軍が怒るなんてありえない、国家の大事に違いない。会いに行こう」、そのまま階段を駆け上がり退場。

 

なるほど国家の大事か、自分のことを誤解され嫉妬される謂れはない、と言い切るデズデモーナ。「人は理由があるから嫉妬するのではなく、嫉妬深いから嫉妬するのです」と説くエミーリアと共に、デズデモーナもオセローを探そうと退場。

 

 

 

 

 

客席上手側通路より、ビアンカ登場。キャシオーはビアンカの機嫌をとるように、拾っていたハンカチを渡し、唇にキスし、模様を写してくれと言う。「今は帰ってくれ、将軍を待っているのだが女連れのところを見られてはまずい」と。

「そこまで送ってよ、そして、今晩は来るって言って」と言うビアンカにまたキスをして、二人は通路へ退場。

 

 

 

 

段上にオセロー、イアーゴー登場。

 

オセロー「忘れられたらよかったのに!おまえは言ったな、あいつが俺のハンカチを持っていたと。何か言ったのか?」

イアーゴー「はい、やったと。寝た。抱いたでもハメたでも、お好きなように」

 

オセローは怒号をあげ、崩れ落ちるように階段をおりていく。ついには失神し、舞台上に倒れてしまう。

段上に残ったイアーゴーは、オセローのずっと上から叫ぶ。「沁み込め俺の毒薬、全身にまわれ!」

そして、素早く階段を駆け降り、閣下!閣下!オセロー!と手を伸ばす。

 

 

  

客席下手側通路より、キャシオー登場。

 

キャシオー「どうした?」

イアーゴー「癲癇の発作を起こしたんです。すぐに回復なさるでしょうから、将軍が行かれたら大事なお話をさせてください」

 

キャシオー退場。同じく客席通路より。

 

 

  

目を覚ましたオセローは、イアーゴーに「男を見せてください」と諭される。そしてイアーゴーはオセローへ、これから来るキャシオーの顔に現れる嘲りを隠れて見ているように言う。下がるオセロー。

 

舞台には城壁の柱が複数。影から様子を窺うオセロー。イアーゴーは、キャシオーにビアンカの話をさせ大笑いさせよう、と独白する。

 

 

 

キャシオー登場。客席上手側通路より。

 

イアーゴー「どうしました、副官?」

キャシオー「その肩書きで呼ばないでくれよ。なくしたことが、ますますつらくなる」

  

ビアンカの話をする二人。笑うキャシオーに、隠れたまま憤るオセロー。

キャシオーが下手側へ移動し、あとに着くイアーゴーがオセローに手で合図をする。

そうとは知らぬキャシオーは、ビアンカが自分の腕に身を寄せる様子を、イアーゴー相手に再現し笑う。イアーゴーも声を上げて笑う。

 

 

 

その後、客席上手通路からビアンカ登場。

 

「よその女に貰ったんだろう、あんたの淫売に返してやりな。模様を写したりしてやるもんか!」と、ハンカチを突き返すビアンカ

 

ここでイアーゴーは少し離れた下手側で、湧き上がる悪どい笑みをこっそり零す。

 

下手へ走り去ったビアンカ。追いかけろとけしかけられ、キャシオーも退場。

 

 

忍耐していたオセローが影から出てくる。あのハンカチが他人の手にあったのを見て、イアーゴーに毒を手に入れろと命じる。

「毒ではなく、ベッドで首を絞めなさい。自分で穢したベッドだ」、なるほどと乗るオセロー。

 

 

ラッパの音。石壁が動き、再び大階段。かざされる赤い旗。

 

ロドヴィーコー、デズデモーナ、その他複数人の従者らが登場。赤の衣装で華やかになる舞台。

 

ロドヴィーコーは公爵からの手紙をオセローに渡す。上手側で読むオセロー。

舞台中央、イアーゴーは恭しくロドヴィーコーに挨拶する。だが相手の反応は釣れなく、更にはキャシオーの様子を気にする言及。

 

デズデモーナは、夫とキャシオーの間に溝が出来たこと、仲直りさせたいことをロドヴィーコーの前で話す。手紙を読んでいたオセローは、その瞬間「地獄へ落ちろ!」と叫ぶ。衝撃を受けるデズデモーナ。ロドヴィーコーは「手紙に動揺なさったのだ、オセローに帰国命令が下り、代わりにキャシオーを総督にせよとの命令なのだ」と説明する。それは嬉しい、と零すデズデモーナに、オセローが歩み寄る。「悪魔め!」と叫び、彼は妻を平手打ちにする。

 

時が止まったかのように、居合わせた一同が衝撃に息をのむ。驚いて飛び立つ鳥の鳴き声。 

エミーリアがすぐに駆け寄る。イアーゴーもそばへ跪く。泣いているデズデモーナは、ご不快なら消えます、と階段へ。中腹で座り込む。

 

謝って呼び戻すようロドヴィーコーが促すが、オセローは彼女を罵倒し、出て行けと繰り返した。

デズデモーナ、泣きながら退場。エミーリアが付き添う。

 

その後、オセローは左右の議員を威嚇しながら段を上っていく。

「キャシオーが後任となります。キプロスへようこそ。盛りのついた山羊め!」、踏み面で叫び、黄色い裾を大きく翻し退場。

 

 

 

 

これがあのオセローか、と動揺するロドヴィーコー。随分変わったのだと答えるイアーゴー。後を追って様子を見てください、と。

 

ロドヴィーコー「残念だが、見損なっていたようだ」

 

ここで議員ら一同は、段を上がるポーズのまま静止する演出。そのまま舞台奥へ階段が引き込まれていく。

 

残ったイアーゴーは、白い照明で一人ぽつんと照らされている。間を空け、猫背気味に走り去って下手へ退場。

 

 

 

 

 

舞台は動き、巨大な鏡の間。

鏡中央は、登場退場に合わせて両開きの扉になる。上手下手寄りにも、それぞれ1つずつ、片開き。

 

右(上手側)扉からオセロー、エミーリア登場。彼女はデズデモーナの貞淑を主張する。

 

エミーリア「どこかの悪党が閣下の頭にそんなことを吹き込んだなら、天がその者に毒蛇の呪いを与えますよう」

オセロー「あれを呼べ」

 

エミーリアがデズデモーナと戻る。

再び「下がれ」と命じられたエミーリアは、不安そうに振り返りながらも左扉へ退場。

 

オセローが妻の裏切りを詰問する。誤解だと繰り返し答えるデズデモーナ。尚怒り狂う夫を前に、ついに彼女は失神する。

オセローはエミーリアを呼び、このことは口外するなと釘を刺し、右扉へ退場。

 

  

目を覚ましたデズデモーナは、寄り添うエミーリアからハッと身を引き、怯えている。

 

エミーリア「旦那様はどうなさったんです?」

デズデモーナ「旦那様って誰?」

 

悲しみに耽るデズデモーナは、今晩は婚礼のシーツを敷くこと、イアーゴーを呼ぶことをエミーリアにしつける。

 

エミーリア、右扉へ退場。間もなくイアーゴーと共に登場。

 

イアーゴーがデズデモーナのそばで跪く。「泣かないで、泣かないで。可哀想に。」

  

エミーリア「きっとどこかのとんでもない悪党が、こんな悪口を思いついたに違いないよ!この首かけてもいい!」

イアーゴー「おい。そんなやつはいないさ、ありえない」

エミーリア「ムーア様はとんでもないひどい悪党に騙されたんだ!どこかの卑しい悪い奴、唾棄すべき下種下郎に!」

イアーゴー「(立ち上がり)声が高い!!」

  

声を荒げるエミーリア、座り込んだまま静かに嘆くデズデモーナ。

 

デズデモーナ「ねえイアーゴー、あの人のところへ行って。」

イアーゴーは背を向け数歩動くだけ。そのまま立ち止まって動けない。

 

デズデモーナ「私、どうして嫌われたかわからない。こうして跪きます。」 

泣きながら声を張り上げ、夫への愛を誓うデズデモーナ。

 

寄り添い跪いたイアーゴーが、恭しく慰める。(独白や対男性への声色とは違う。)

 

イアーゴー「将軍は虫の居所が悪かったのです。国家の大事で気分を害し、奥様に八つ当たりなさったのです。保証します。

 (ラッパの音)

 ほら、ヴェニスからの使者の方々が食卓でお待ちだ。中へ入って?泣かないで。万事うまくいきますよ。」

 

 

デズデモーナが泣き声をあげながら抱きつく。目を丸くし戸惑うイアーゴー。背中で右手が浮いている。

間が空き、ようやくその背と肩へ手を添える。(公演によっては、終にはそれすら出来ない)

 

エミーリアが寄り添い、デズデモーナの肩を抱く。立ち上がる彼女の肘を、イアーゴーも支える。

デズデモーナ、エミーリア、鏡中央の扉を開け退場。

 

  

扉が閉まる。ここでは遮断するように、ガタンと大きく響く音。

 

舞台中央の鏡に向かうイアーゴー。映る自分を見て、「あっ、あっ、ああ!!」恐れおののくように声をあげる。後ずさり、腰を抜かし、転倒する。

地に拳を打ち付け、「うあああー!!!」、叫ぶ。

(恐らくこのあたりから、彼は明らかにやつれた顔付きになり、背を丸め気味で、呼吸が乱れたり時折肩で息をしたりする。)

 

 

 

右扉からロダリーゴーが駆けこんでくる。そのままの勢いでイアーゴーの胸倉に掴みかかり、強く身体を揺する。イアーゴーの服も髪も、更に乱れる。

 

ロダリーゴー「おまえ、僕のことちゃんとしてくれないじゃないか。もうこれ以上耐えられない。」

イアーゴー「(苦笑する口元で)やれやれ、よしわかった。」

ロダリーゴー「 “ よし ” ?  “ やれやれ ” ? やれないよ、よくもないよ!」

イアーゴー「よしわかった。」

ロダリーゴー「よくないって言ってるじゃないか!デズデモーナに直接挨拶する。僕の宝石を返してくれるなら、求愛は諦めるよ。返してくれなかったら、絶対君に弁償してもらうからな!」

 

イアーゴーが小さく笑い声を上げ、「気骨がある」「見直した」と、握手を求め手を差し出す。ロダリーゴーがその手を払いのける。

 

胸倉を掴み返したり一歩引いたりしながら、イアーゴーが話す。

「今晩その男っぷりのよさを見せてくれ。ヴェニスから命令が来て、キャシオーが後任と決まった。オセローとデズデモーナはモーリタニアへ行く。何かの事故でここでの滞在が長引かないかぎり。たとえば、キャシオーが消されるといった決定的な事故が。」

 

キャシオーを消せと。やつは今晩商売女の家で夕食だ、俺も行くのでおまえも来てくれ、と。

 

ロダリーゴー「もっとちゃんと説明してくれなきゃ!」

イアーゴー「納得いくまで説明してやるよ!」

 

掴みあっていた胸倉を突き離し、叫んだイアーゴーが下手側扉から走り去る。ふらつきよろけながら後を追い、ロダリーゴーも退場。

 

 

 

 

 

鏡中央が開き、オセロー、ロドヴィーコー、デズデモーナ、エミーリア、その他議員らが登場。夕食を終えたロドヴィーコーらを見送る場面。

 

オセローは妻に先に寝ているよう告げる。そして、エミーリアは下がらせろと。彼らは花道へ消え、デズデモーナとエミーリアの二人のみ舞台に残る。

 

あんな人にお会いにならなければよかった!と叫ぶエミーリアに対し、デズデモーナはそうは思わないと言う。「ピンを外して」と頼み、柳の歌を歌う。

 

(♪)

スズカケの下  ため息ついて

柳の歌を   ああ、ああ

 

 

そこから続く美しい歌声を聴きながら、髪のピンを外し、デズデモーナの髪を梳くエミーリア。

 

本当に夫を裏切り浮気できる女なんているのか?いますよ、エミーリアが答える。

  

デズデモーナ「全世界が手に入るとしたら、そんなことするの?」

エミーリア「しますよ。亭主を皇帝にできるなら。私だったら、煉獄の苦しみにあってもやりますね」

  

デズデモーナ「おやすみ、おやすみ」

 

二人は手を取り立ち上がり、肩を抱いて、舞台奥へと消えていく。ここで舞台は大きく動き、再び、城壁の空間へ。階段はなく柱のみ。

 

 

 

イアーゴーとロダリーゴーが、客席上手側通路を駆け抜け登場。

二列付近で一度止まる。そばについているからキャシオーを刺せ、と言うイアーゴー。先にロダリーゴーを舞台へ上がらせ、自分は足をかけた状態で独白。どちらかが死んでも、両方死んでも、俺の得になると。

 

イアーゴーも舞台へ乗り上がり、柱の影へ隠れる。明かりを持ったキャシオーが下手側通路より登場。

 

ロダリーゴーが「うっ、うわあ!!」と叫びながら斬りかかる。キャシオーが斬り返す。

 

素早く影から出てきたイアーゴーの身体が、暗闇の中でキャシオーの背とぶつかる。そのまま彼の足へ短剣を突き刺す。

 

ここで花道には、ロドヴィーコーとグラシアーノー。その明かりを見て、慌てて隠れるイアーゴー。

舞台中央ではキャシオー、上手ではロダリーゴーが負傷している。

 

イアーゴーはランタンを持ち、柱の影からすぐに出直す。助けを求めるキャシオーへ駆けつけ、「なんて事だ、副官じゃないですか!」と叫ぶ。上手からはロダリーゴーの声がする。あれが犯人の一人だ、と言うキャシオー。

 

「悪党め!」と叫び、イアーゴーがロダリーゴーを刺す。ここで音楽がスパッと止まる。赤いライトで照らされる足元。

 

ロダリーゴー「騙したな、イアーゴー!人でなしの、…犬!!」

 

そばへ駆けつけたロドヴィーコー、グラシアーノーに、キャシオーが斬られたことを報告するイアーゴー。

 

影からビアンカが登場。気を失うキャシオー。

 

自分が刺した男へ明かりを近づけさせ、「友人のロダリーゴーじゃないか!ああ!」と取り乱してみせるイアーゴー。この時、ビアンカは布でキャシオーの足を縛ったり、大丈夫?と何度も声をかけたり、キャシオーが答えてキスをしたりしている。

 

キャシオーは大丈夫か、担架だ、の声に、二人の男が担架を運び込む。キャシオーは下手へ運び出され、ロダリーゴーも上手へ片付けられる。

 

イアーゴーはビアンカを疑ってみせる。罵られ、必死に否定するビアンカだが、白状させるぞ!と突き飛ばされる。

一同を先に退場させるイアーゴー。柱に手をつき、呼吸を乱し、ふらついている。

 

イアーゴー「俺の人生、今夜で決まりだ。成功するか。でなきゃ一巻の終わりだ!」

 

言い捨て、下手へ走り去る。

 

 

 

 

  

再び鏡の演出。それが理由だ、と独白しながら、オセローが花道に登場。デズデモーナは舞台中央の真っ白なベッドで、真っ白な服を纏って眠っている。ベッドには薄いカーテンがかけられている。

 

ベッドへ上がり、オセローはデズデモーナを嗅ぎ、キスをする。もう一度、もう一度と。デズデモーナが目を覚ますと、祈れ、とオセローは言う。心の準備ができていないおまえは殺さないと。

 

「殺すですって?」怯えるデズデモーナ。「キャシオーは白状したのだ」「逝ってしまったのね」

 

怯え、殺さないでと涙ながらに訴える彼女の首を、オセローは絞めていく。だらんと脱力し、ベッドに沈むデズデモーナ。

そのタイミングで、扉の向こうからエミーリアの「オセロー様!」の声。「どうか!」と何度も声をかけるエミーリア。

オセローはベッドのカーテンをかけ、戸の鍵を開け、中へ入れる。

エミーリアはロダリーゴーが殺されたこと、キャシオーは生きていることを知らせる。

 

デズデモーナ「罪もないのに殺された!」

死んだデズデモーナの声に、エミーリアが慌ててカーテンを引く。

 

事を知り、オセローに怒りをぶつけるエミーリア。

「キャシオーに抱かれたのだ。おまえの夫が何もかも知っている」、オセローの台詞に、「私の夫が?」何度も繰り返し訊き返す。

 

  

エミーリア「ああ奥様!悪事が愛を嘲ったんだわ!!」

 「あんたなんか怖かないよ!(オセローに剣を抜かれ)剣なんか怖かないよ!」

 

強く叫ぶエミーリア。人殺し!と助けを求める彼女の声に、モンターノー、グラシアーノー、最後にイアーゴーが右扉から登場。

 

エミーリア「来てくれたのねイアーゴー!あんた、男なら、この悪党の言うことを否定して頂戴。奥様が不倫したって、あんたが言ったとこいつは言うのよ。そんなこと言わないわよね?」

イアーゴー「俺は思ったことを言ったまでだ。将軍がご自身でなるほど真実だと思われたことしか言ってない。」

エミーリア「だけど、ほんとに奥様が不倫したって言ったの?」

 

間が空き、

 

イアーゴー「言った」

  

 

やつれた顔で、「もう黙ってろ」とイアーゴーが妻を制する。

エミーリア「黙らないわ話さなくちゃ!奥様はこのベッドで殺されてるんだ!」

 

「まさか!!」

 

 

オセローが語る。妻とキャシオーの不義。そして妻がキャシオーに例のハンカチをやったこと。

 

エミーリア「ああ!!神様、ああ!何てこと!」

イアーゴー「ええい黙ってろ!」

  

自分が夫に渡したハンカチが、デズデモーナ殺害のきっかけになっていた。知ってしまったエミーリアが激しく嘆いて足をふみ鳴らし、全て喋ってやる、と叫ぶ。

 

イアーゴーは剣を抜き斬りかかろうとするが、グラシアーノーに抑えられる。

 

エミーリア「ああ、馬鹿なムーア。そのハンカチは、私がたまたま拾って夫にあげたのよ。」

イアーゴー「(抑えられながら身を乗り出して)悪党の淫売め!」

エミーリア「奥様がキャシオーにやったですって?とんでもない!私が見つけて、この人にやったんだ!」

イアーゴー「この嘘つきめ!」

エミーリア「天に誓って噓じゃない!嘘じゃありません皆さま!」

 

抑え付ける手を振り払い、イアーゴーがエミーリアを刺す。抱きしめているように見えるのに、腹部には剣が突き刺さっている。イアーゴーに両腕を回すエミーリアと、左手だけで抱き返すイアーゴー。

(初日から数公演は、背後を取ってサクッと脇腹から刺し、すぐに逃げ去る演出だった)

 

 

痛みの中でエミーリアが顔を上げる。至近距離で顔を寄せる二人。イアーゴーに向かい「ああ、奥様のとなりに寝かせて」と残してから、呻き声を上げて崩れ落ちる。イアーゴーは左扉から逃亡。追いかけるグラシアーノー、モンターノー。

 

取り返しのつかない絶望の中で笑い狂うオセロー。エミーリアはデズデモーナに語りかけながら手を伸ばし、「柳、柳、(苦しそうに)柳、」歌う。

思い残すことはないと言い、そのまま倒れてしまう。

 

 

 

静寂の中。オセローが、部屋にあるもう一つの武器を手に取る。私をご覧ください、とグラシアーノーを呼ぶ。

 

オセロー「オセローはどこへ行く?おまえは今どんな顔をしている?(ベッドで冷たくなったデズデモーナに触れる)貞淑の鑑のようだ。ああ、デズデモーナ、死んでしまった、ああ!!」

 

ロドヴィーコーやモンターノー、杖をつくキャシオー、複数の役人が現れる。最後に、縄で後ろ手に縛られ、髪は乱れ、争った後のように軍服の前は開かれ、肩で息をするイアーゴー。役人に囚われている。

 

悪党を引きずり出せ、の声で、乱暴にイアーゴーが突き飛ばされる。「うっ」と小さな呻き声。苦しげな呼吸音。

 

剣先でイアーゴーの顎を持ち上げるオセロー。「悪魔のつま先は割れているというが、作り話か。おまえが悪魔なら、死なないはずだな。」

 

オセローがイアーゴーの左足を、ねっとりを刺す。血は出ても、簡単に死なせなどしない。

 

 

なぜ罠にかけたのかと問うオセロー。間が空く。

 

 

イアーゴー「俺に聞くな。わかってることは、わかってるはずだ。これからは、一言も口をきくものか。」

  

何と祈りもしないのか!と騒めく一同。キャシオーが、イアーゴーが「ハンカチはわざと落としておいた」と自白したことを伝える。夜警の喧嘩の件も、イアーゴーが仕向けたのだとわかっていた。

 

ロドヴィーコーが、「オセローの全ての権利を剥奪しキプロス総督はキャシオーに後任させる、オセローは罪状が決まるまで拘束される」ことを告げる。

 

お待ちください、と止めるオセロー。前に出した手のひらを、長い間をもってゆっくり握っていく。

 

 

オセロー「私は国家に多少の貢献があり、政府もそれは認めている。どうか、手紙でこの不運な出来事を報告なさるとき、私をありのままにお伝えください。賢く愛せなかったが、深く愛した男のことを。容易に嫉妬せぬが、けしかけられて極限まで心を乱した男のことを。その手で何物にも替えがたい大切な宝石を投げ捨ててしまった男のことを。」

 

このオセローの台詞の中、第一幕が開く前のあの歌声が流れている。イアーゴーは膝をついたまま、呼吸を整えながらじっと地面を見つめ続ける。(これまでは、オセローが話しているとき、相手をずっと目で追っていたのに。)

 

「そしてその報告につけ加えてください、ヴェニス人を侮辱したトルコ人の喉笛を掴み、こうして、ぶち殺したと!」、オセローが死んだデズデモーナの隣で、自らの喉元に刃を当てる。痛ぶるように小刻みに動かし、ゆっくりと搔き切る。

 

 

死に際のオセローはデズデモーナにキスをし、覆いかぶさるように、静かに絶える。

 

 

ロドヴィーコー「(イアーゴーに向かって)このスパルタの犬め!苦悩も、飢えも、荒波も!おまえの残忍さにはかなわない!このベッドに折り重なった非劇を見ろ!おまえの仕業だ、見ていられない!

グラシアーノー殿、この邸とムーアの財産を没収しなさい。あなたには、総督!この悪魔のような悪党の取り調べをお願いする。私は直ちに船に乗り、急ぎましょう、帰国を。重い心でせねばなりません、つらい報告を。」

 

 

 

 

 

 

突然扉が開き、武器をかざした軍人達の奇襲。そこから、舞台上の人という人が、互いに斬りつけ殺し合う。怒号や呻き声、死に絶える人々。目を開いたまま動かなくなった人。モンターノーに抱き上げられていたはずのエミーリアの遺体も、再びベッドを背に放り出されている。

 

舞台は真っ赤に染まる。

 

その中でただひとり、動かず沈黙のイアーゴー。

彼以外のすべての人は倒れてしまった。

 

 

 

手を縛られたままのイアーゴーが身をよじって立ち上がる。負傷した足を引きずり悲劇のベッドへ。もたれ掛かり、座り込む。

 

隣には妻の遺体。背にはデズデモーナとオセローの遺体。周りに散らばった多数の遺体。自分しか生きていない。

 

 

地面の一点を見つめるイアーゴーの表情は、読み取りにくいものだった。

 

 

 

 

 

 

終幕。

 
 
 
 
 

【舞台 オセロー】覚え書き②

 

 

 

【第二幕】

 

音楽の向こうに激しい嵐と雷の音、照明。城壁がぐるぐると動かされ、軍人らが嵐だとか叫んでいる。 

舞台はキプロス島の城壁。荘厳な石の大階段を中央、左右に構える。トルコ軍はこの嵐で敗退した、と知らせが入る。

 

上手側の段上、踏み面にキャシオーが登場。この嵐の中でオセローとはぐれたのだという。

次いで、デズデモーナ、イアーゴー、エミーリア、つけ髭のロダリーゴーが下手側階段から登場。「財宝」と表現されるように、デズデモーナの緑の衣装は煌びやか。

 

デズデモーナの手を取り、階段をエスコートするキャシオー。遠くで礼砲の音がする。

彼がエミーリアに挨拶のキスをすると、イアーゴーは「こいつの唇だけでなく舌も味わうといい。お喋りです。こっちが眠ろうとするといつだって喋る」と妻への悪態をつく。

 

デズデモーナ「まあ、ひどい。」

キャシオー「こいつはあけすけに言うんです。学者というより軍人なんです。」

 

次いでデズデモーナの手を取るキャシオーをよそに、スポットライトの中でイアーゴーが独白する。「その宮廷風の身のこなしが、おまえの命取りだ。」

 

ここでラッパの音。オセローが登場し、赤い祝福の旗が複数掲げられる。デズデモーナが駆け寄る。再会に盛り上がる夫婦に、「今は息がぴったりの演奏でも、その音楽の弦を弛めてやるさ」と再び独白。

 

オセロー「吉報だ、戦争は終わった。トルコ軍は沈没だ!おいでデズデモーナ。もう一度言おう、キプロスへようこそ!」

 

流れ出す音楽。

「オセロー万歳!オセロー様!」と人々が讃える中。オセロー 、デズデモーナ、キャシオーは花道から退場。 

 

舞台上からも一同が去る。こっちへ来い、と付け髭のロダリーゴーを呼びつけるイアーゴー。上手側の数段めに腰掛け、語りかける。

「女だって目の保養をしたいはずだ。ぴったりのやつがキャシオーのほかにいるか?いやしないね、いやしないよ!でもって、デズデモーナはもう目をつけてる」

ため息交じりで、後頭部に手を組み段に寝そべる。

 

ロダリーゴー「まさか、清らかな人だ」

イアーゴー「キャシオーの手をいじくってたのを見なかったのか?色気だよ。互いに息がかからんばかりに唇を近づけてたじゃないかロダリーゴー!あんなにいちゃついてたら、どうしたって行くところまで行くさ、畜生!だがまあ、いいか。俺の言うとおりにしてくれ。今晩、夜警に出るんだ。きっかけをつかんでキャシオーを怒らせろ。」

大騒ぎを起こしてキャシオーを首にさせようと言う。

 

ロダリーゴー「やるよ。お膳立てをしてくれるなら」

イアーゴー「任せとけ。あとで砦で会おう、じゃあな」

 

ご機嫌よう、とロダリーゴーが上手へ退場する。目をギラつかせながらイアーゴーが独白する。

 

「俺もデズデモーナに惚れてる。ただの性欲じゃない、一つは復讐を果たすためだ。なにしろ、精力絶倫のムーアは、俺の女房にまたがったことがあるらしい。そう思うと、はらわたが毒でも飲んだみたいに煮えくり返る。キャシオーの弱みを握り、ムーアをコケにしたあげく、俺に褒美を出させてやる。筋書きはここ(頭を指す)にある。」

歩いて下手へ退場。

 

 

 

 

 

客席上手側通路より、歌いながら伝令が現れる。客席一列の前で止まり、布告を広げ、声高く読み上げる。

「トルコ軍は全滅、今夜は好きに余興に耽るべし!将軍の婚礼の祝賀でもある。これより飲み放題!食べ放題!」

 

 

 

 

 

 

「「乾杯!」」

 

一転して軽快な音楽の中で、祝賀の場面。

大階段を中央に構える。上手下手と最上段に篝火。空には白い満月。

 

酒が回って陽気になる人、転げる人、転げる人を飛び越えはしゃぐ人。車椅子を滑らせる男。上裸の男。

  

一同による杯の歌。銅のマグカップ等を掲げて、身体を揃えて揺らしながら。

 

(♪)

杯~を鳴らせ~、カチーン、カチーン!  

杯~を鳴らせ~、    カチーーン!

兵士~も人の~子!

命~は一つ~~!

飲~ん~で  て~き~を (足踏み)!!

撃沈!!

  

オセロー 、デズデモーナ、キャシオーが花道から登場。その後、イアーゴーは下手から。

今晩の見張りをキャシオーに頼み、オセローは早々にデズデモーナを連れ退場する。

指笛を吹いたり「オセロー!」と讃えたりする軍人たち。

 

キャシオー「見張りに出ようか。」

イアーゴー「まだですよ副官、まだ十時にもなっておりません。将軍がこんなに早く我々を放り出したのは、デズデモーナとの愛のためですよ。」

キャシオー「すばらしいご婦人だ。」

イアーゴー「色気もむんむんです。あの目!男を唆す目ですよ。あの声を聞いたら、むしゃぶりつきたくなるじゃありませんか。お二人の新床に幸せあれ、です。さあ、ワインを大瓶で用意してあります。」

 

イアーゴーは酒に弱いキャシオーに、キプロスの男たちが乾杯したがっていると告げ、「一杯だけ」と勧める。躊躇いながらも、男たちのもとへキャシオーが歩み寄る。

そうして、はしゃぎ、騒ぎ、盃を交わす上手側。イアーゴーの独白。キャシオーに飲ませ、酔った島の奴らとロダリーゴーをきっかけに暴れさせ、騒ぎを起こしてやろうという。

 

キャシオーは大樽にもたれ掛かり、笑い、千鳥足になっていく。

 

イアーゴーが客席に背を向け、「おーい!酒を持ってこい!」と叫ぶ。

それを合図に、再び杯の歌。歌詞に合わせ、ドンドン、と足を踏み鳴らす音が揃う。

 

(続くもう一つの歌詞は新訳とやや違った。以下、おそらくの歌詞。)

 

 (♪)

スティーヴン王は偉いぞ(足踏み)

ズボン代に一クラウン

かけたりしないぞ(足踏み)

仕立て屋が不運

王には敵わない!

おまえは低い身分

贅沢はできない!

おまえは古着で(足踏み)十分!

 

イアーゴーも、声を張り上げ歌う事こそしないが、笑いながらうち数人とカチン!と乾杯をする。酔いが回るキャシオー。口に手を当て、笑いを堪えるイアーゴー。

 

度々、付け髭のロダリーゴーが、合図をくれと言うようにイアーゴーに視線・身振り手振りで訴える。が、イアーゴーは反応しない。むしろその手を振りほどいたりもする。

 

仕事に戻って見張りに出ようとするキャシオー。階段をフラフラと上がる。危なっかしくふらつくと、追いかけ、右隣についたイアーゴー。ご機嫌でその肩を組むキャシオー。

キャシオー「こいつは俺の旗手だ!俺の右手だ(イアーゴーの身体を揺する)!で、これが左手(腕を広げたりヒラヒラ指を動かしたり等ちょける)。もう酔っちゃいない、ちゃんと立てるし話もできる。」

 

「俺が酔っ払っていると思うなよ」と何度も強調し、千鳥足で退場。去り際に、「邪魔だ!」と寝転がる人を蹴る等。

 

モンターノー「城壁にあがろう、みんな、見張りにつくぞ。」

 

酔った副官を見送ったイアーゴーは、階段を下り、上手側のモンターノーと話す。キャシオーの酒の弱さは将軍にお知らせした方が良い、とモンターノーが話す中、舞台奥から「助けてくれ!」との叫び声があがる。

 

キャシオーがロダリーゴーを罵倒しながら追っている。争いを止めようとしたモンターノーだが、酔っているキャシオーは止まらない。終にはモンターノーと戦い出す。

その様子を見ながら、イアーゴーは喧騒に紛れて笑う。下手側に滑るように歩きながら、顔を上げ、堪えきれぬ笑い声をあげる。真っ黒なのに純粋な笑い声。

 

ロダリーゴーに「暴動だと叫んでこい」と行かせ、イアーゴーは大袈裟に騒ぐ。企み通り鐘が鳴りだし騒ぎが大きくなる中、「誰が鐘を鳴らしやがった畜生め!街中が起きちまうぞ、やめなさい副官、永遠の恥辱となりますよ!」、イアーゴーが叫ぶ。

 

段上にオセロー登場。

 

イアーゴー「副官、モンターノー殿!お二人とも!場所柄もわきまえず、義務もお忘れですか!やめなさい!将軍がお話だ!やめろと言うに!!」

 

モンターノーはキャシオーによって右腕を斬りつけられる。

何事だとオセローに問われたイアーゴー。「わかりません。突然、剣を抜いて、互いの胸に突き付けあい、流血の喧嘩です」

 

イアーゴー「自分がモンターノーと話をしておりますと、助けてと叫びながら男がやってきて、キャシオーが抜き身を振りかざしてそいつに飛びかかりました。自分は叫んでいた男を追いました。戻ってみますと、その短い間に、二人は鼻を突き合わせての大喧嘩。将軍ご自身が引き分けたのです。ですが、人間は人間、優れた者でも我を忘れる。きっとキャシオーは、逃げたやつからとんでもない侮辱を受け、堪忍袋の緒が切れたのです。」

オセロー「わかるぞ、キャシオーの罪を軽くしたいのだろう。キャシオー、お前を愛してはいるが、俺の部下にはしておけぬ。」

 

デズデモーナが怯えた顔で起き出てくる。オセローは、大丈夫だと彼女を諭す。モンターノーの怪我は自分が手当てするとし、またイアーゴーには街を静めることを命じた。

 

舞台にはイアーゴーとキャシオーのみが残される。

  

キャシオーが崩れ落ちて嘆く。跪きオセローらを見送っていたイアーゴーが、階段を駆け下り、彼に寄り添う。

名声を失ったと叫ぶ彼に、「将軍の奥様が今や将軍です。副官と将軍のあいだの外れた関節を、奥様に添え木(キャシオーの手を両手で包む)してもらうのです」と慰め、助言する。

 

納得したキャシオーはイアーゴーを抱きしめ、感謝する。階段を上り退場する背を見送ったあと、跪いた状態から客席へ振り返り、あぐらをかく。イアーゴーの独白。

 

「さあて。俺が悪党を演じてるなんて誰に言える?女は熱心にムーアに訴える。そのとき、俺がやつの耳に毒を注ぎ込む。そうやって訴えるのは情欲のせいだと。女の善意を網にして、全員一網打尽にしてやる!」

 

下手へ退場。

 

 

 

 

 

鳥のさえずり。ここで篝火も消え、白い照明。

 

デズデモーナとエミーリアが階段を下りてくる。キャシオーに語りかける。

 

デズデモーナ「大丈夫よ、キャシオー。あなたのためにできるかぎりのことをしますからね。」

エミーリア「私の夫もわがことのように嘆いていますので。」

デズデモーナ「まあ、優しい人ね。」

 

デズデモーナは、オセローへの説得を固く約束する。

 

 

オセローとイアーゴーが花道から近付いてくる。

(振り向き何か話しかけるオセロー に、イアーゴー、「かしこまりました」。)

 

キャシオーは今はオセローに合わせる顔がないと言い、退場する。その姿を見つけたイアーゴーが、こっそり右口角を上げ、すぐに直す。

 

イアーゴー「おっと、まずいな。」

オセロー「何だって?」

イアーゴー「何でもありません、閣下。」

オセロー「今、妻と別れたのはキャシオーだったのでは?」

イアーゴー「とんでもない、違います!」

オセロー「あいつだったと思うが?」

 

何も知らず笑うオセローが、再び背を向け歩き出す。また口元を緩めるイアーゴー。

 

 

デズデモーナはオセローに駆け寄り、キャシオーを呼び戻すよう頼み込む。二人は階段を登り、中腹に腰掛ける。イアーゴーは下手、エミーリアは上手に立つ。

 

オセロー「今は駄目だ」

デズデモーナ「でも、すぐでしょ?三日とあけちゃ嫌よ。いつ来させるの?あなたが頼んだことで、私が嫌がったり渋ったりしたことがあったかしら?」

 

オセローが自分に求愛したときに付き添ってくれたのはキャシオーだ、と訴えるデズデモーナ。ここでイアーゴーはひとり、ん?と訝しげな顔をする。そして、何か閃いたような悪い顔。

 

オセロー「わかった、いつでも来させるがいい」

デズデモーナ「あら、こんなのお願いじゃないわ」

 

デズデモーナは最後の一段をぽんと飛び降り、無邪気な声色と表情。あなたのためになることだから言っているのだと。「しばらく一人にしてくれ」というオセローに、「駄目!……とは言わないわ。思いのままに。私はあなたに従います」と、デズデモーナはエミーリアを呼び寄せ、共に階段から退場。

 

 

イアーゴーが問う。「キャシオーは、閣下が求婚なさったとき、その愛を知っていたのですか?あいつが奥様を知っていたとは思わなかった」

 

肯定するオセロー。顔を曇らせてみせるイアーゴー。

 

オセロー「何を考えている?」

イアーゴー「考える、ですか?」

オセロー「何をオウム返しに!さっきキャシオーが妻のもとを去ったときも、お前は“まずい”と言った。考えを聞かせてくれ。」

イアーゴー「キャシオーのことは、誓ってもいいですが、正直者だと、…思います。」

オセロー「俺もそう思う。」

イアーゴー「人は見かけどおりであるべきです。そうでないなら、見かけと違ってほしいものです。」

オセロー「言ってくれ。思っていることを、思っているとおりに。最悪の考えを、最悪の言葉で!」

  

イアーゴーが階段を駆け上がり、オセローの前で跪く。「奴隷でも免れていることをやる義務はありません。考えを話す?それが下劣でまちがっていたとしたら?」

オセロー「どうあっても考えを言わせるぞ!」

イアーゴー「無理です。たとえこの心があなたの手の中にあっても。まして、この胸にあるあいだは決して」

オセロー「は!は!?」

イアーゴー「ああ…」 

 

オセローの圧におののき、よろけながら階段を後ずさるイアーゴー。(勢い余って数段目から派手に落ちる公演があった…)

 

イアーゴー「嫉妬にお気をつけください、閣下。それは緑の目をした怪物で、己が喰らう餌食を嘲るのです。神よ、我らが魂を嫉妬よりお守りください!」

 

手を組んで祈るイアーゴー。(指を交互に組むのでなく、手を繋ぐような形)

 

オセロー「俺は疑う前に確かめる。」

イアーゴー「よかった。それを聞いて、率直に打ち明けた方がよいと納得できました。(段を駆け上がりオセローの側へ)ですから、忠義の印としてお聞きください。

奥様にお気をつけください。キャシオーといるところをよく見るのです。自分にはヴェニスのお国柄というものがわかっています。ヴェニス女は、不倫をして神様がご覧になろうと、夫には隠します。良心があるからしないのではない、良心があるからわからないようにするのです。」

オセロー「…そうなのか?」

  

階段を下る足を止め、オセローの顔色が変わる。そのあと、気に障ったかと上司を窺うイアーゴーに対し、オセローは動揺を隠しきれない。「他にも何か気付いたら教えてくれ」と告げ、「一人にしてくれ」とイアーゴーを上手へ退場させる。

 

酷く心を乱したオセローに、すぐに走って戻ってきたイアーゴーが釘をさす。

 

イアーゴー「これ以上詮索なさいませんように。時にお任せなさい。しばらくはキャシオーをわざと遠ざけ、その意図を探るのです。奥様がやつの復職を、執拗にお求めにならないかどうか。それでいろいろわかりましょう。改めて、お暇乞いを。」

 

 

 

取り乱すオセローのもとへ、デズデモーナとエミーリアが笑い合いながら、階段から登場。

 

額が痛むのだというオセローへデズデモーナはハンカチを差し出すが、振り払われてしまう。階段中腹でハラリと落ちたハンカチ。二人は気付かず、エミーリアのみが段上から様子を窺っている。

 

二人が退場すると、エミーリアはそのハンカチを拾う。イアーゴーにしつこく盗んで来いと頼まれた品。用途を知らぬまま、胸元にしまう。

 

 

 

イアーゴー、上手から走って登場。

 

エミーリアがハンカチを見せつけると、「いい子だ、よこせ」と引ったくろうとする。交わし、ヒラヒラ無邪気にもったいぶるエミーリア。微笑みを返すイアーゴー。

大階段を数段あがったところで、イアーゴーがエミーリアの手首を掴む。一段差で腰掛ける二人。サラッとハンカチを奪って、妻の肩を抱くイアーゴー。

 

何に使うのか訊くエミーリアを煙に巻くようにキスをする。顎に手を添え、上から顔を寄せ、左頬へ。カーテンのような横髪。軽いリップ音。

ハンカチの用途は勿論語らず、「行け、帰れ」とぶっきらぼうにエミーリアを退場させる。嬉しそうに笑い、去るエミーリア。

 

 

 

ハンカチをキャシオーの宿舎に落とし、やつに見つけさせよう、とイアーゴーの独白。ムーアには俺の毒が効き始めている、と悪どく口角を上げる。

 

 

 

「は!俺を裏切る!?」、錯乱したオセローが登場。

イアーゴーはハンカチをポケットに押し込みながら、段をあがり駆け寄る。

 

オセロー「俺を拷問にかけおって!騙されていた方がましだった!さらば、オセローの務めは終わった!」

イアーゴー「そんな、まさか。閣下?」

 

オセローが叫び、踏み面でイアーゴーの胸倉に掴みかかる。「悪党め、妻が淫売だと証明しろ、さもなければ犬に生まれた方がよかったと思わせてやる!」

 

「ああ、神よ!天よ、お赦しを!」、イアーゴーがオセローを振りほどく。同時に倒れこむ二人。息を乱しながらも、素早く身体を起こすイアーゴー。オセローは涙声で笑い、階段を転げ落ちていく。

 

イアーゴー「それでも男ですか!お別れします、もうお仕えできない!ああ愚かだ、正直一途でご奉公すりゃ、悪党呼ばわりだ!真っ正直にやっていては首が絞まる!教えていただきありがとうございました。これからは誰も愛さないことにします!」

 

吐き捨て、ふらふらと階段を登っていく背に、オセローが声をかける。

  

オセロー「待て!おまえは正直だと思う。」

イアーゴー「賢くあるべきでした。正直じゃ馬鹿を見て、がんばったところで意味がない!」

オセロー「証拠が欲しい。はっきりさせたいのだ。」

 

イアーゴーの肩を掴むオセロー。

  

イアーゴー「二人が一つ枕で寝てるところを見ようなんてことは、まず無理です。たとえ二人が山羊のように好色で、猿のように淫乱で、盛りのついた狼のようにやりたがっていて、酔っ払った馬鹿のようにわけがわからなくなっていても、現場を押さえるのは不可能です。」

 

イアーゴーはここで、状況証拠を掴めと提案する。そして、キャシオーと一緒に寝たときの作り話を始める。「やつは寝ぼけて自分の手を握り、可愛い人と言い、キスをし、君をムーアに与えた運命は呪われろと叫んだ」

 

「おぞましい!」と叫ぶオセロー。もう一押しというように、イアーゴーは、キャシオーが例のハンカチで髭を拭いているのを見たと話す。

 

 

オセロー「あの野郎に命が何万とあればいいのに!一度殺しただけでは復讐に足りない。血だ、血だ、血だ!(この辺りから、背景の満月が赤く染まり始める。ついには真っ赤に)」

 

 

膝をつくオセローの横で、イアーゴーも跪き、祈る。

オセローは、「頭も手も足もオセローに捧げることを誓います」、そのイアーゴーの言葉に感謝を述べ、キャシオーを殺せと命じる。

 

オセロー「一緒に来い。俺は奥へ入って、あの美しい悪魔を即座に殺す手段を考える。これからは、おまえが俺の副官だ。」

 

噛みしめるような間が空き、

 

イアーゴー「永久にお仕え致します。」

  

 

ここでイアーゴーは、目をギラつかせてにやりと笑う。勿論オセローは気付かない。

 

段を登っていく二人。肩を組み、ふらつくオセローを支えるイアーゴー。本物の友情があるかのように、身を寄せる。

 

階段の向こうへ退場する背に、幕がおりる。

 

 

 

 

【舞台 オセロー】覚え書き①

 

 

シェイクスピア著、河合祥一郎訳『新訳  オセロー』(角川文庫,2018年)

 

より台詞を参照・引用。

 

 

 

 

【第一幕】

 

 

女の歌声が響き始める。揺れる水面のような照明が当てられ、ゆらゆら輝いていた幕が開く。 

 

舞台は重々しい雰囲気の水上。背景は夜の空、雲。

歌声に男声が混ざり、不気味な音楽が重なっていく。 

 

 

暗い照明の中、二艘のゴンドラが現れる。ゆっくり手を動かすゴンドラ漕ぎ。項垂れていた乗り人が同乗者を抱き寄せたり、キスをしたりしている。 

三艘目のゴンドラには、イアーゴーとロダリーゴー。遠くで鐘が鳴っている。

 

 

ロダリーゴー「ちぇ、ふざけんなよ!」

 

彼はデズデモーナへの恋心ゆえに、彼女を奪ったムーアが憎い。

 

イアーゴー「畜生、人の話を聞けってんだ!」

 

それ以上に、イアーゴーも奴が憎い。実戦のないキャシオーが副官におさまり、自分は旗手になったのだ。「じゃあ部下なんて辞めちゃえば?」と言うロダリーゴー。イアーゴーがここで胸中を語る。奉公は見かけばかりだ、根性があるのだ、と。

 

ゴンドラに立ち上がり、「天もご存知だ」と続ける。本心を曝け出したりしない。愛も義務もあるように見せかけ、俺は俺の目的の為に奴に従ってみせるのだと。 

 

 

 

 

 

 

舞台中央に、二階建てのブラバンショー邸宅が現れる。玄関より上手寄りに、二人を乗せたゴンドラが止まる。

 

降り立ったロダリーゴーが左右に走りながら叫ぶ。デズデモーナの父、ブラバンショーを起こし焚きつける為である。イアーゴーは小舟に乗り込んだまま、椅子に座って左足を組んでいる。

 

イアーゴー「起きろ!おーいブラバンショー!泥棒だ、泥棒だ!戸締りに気をつけろ、娘に気をつけろ!泥棒だ、泥棒だ!」

  

警戒し吠えだす犬。

 

二階、向かって左のカーテンが開き、騒ぎを聞いたブラバンショーが顔をのぞかせる。「みなご在宅ですか」「戸締りは万全ですか」ロダリーゴーとイアーゴーが畳み掛ける。イアーゴーがひらりとマントを翻す。

 

ロダリーゴーが、娘が今ムーアと共にいることを報告する。この長い台詞の間、イアーゴーは静かに苛つくように、指をトントンと動かしている。

 

ブラバンショーが、明かりをつけろ!と声を張り上げ、邸宅の窓という窓から起きた従者らが顔を出す。 

 

イアーゴーがゴンドラをおり、漕ぎ手に軽く手で合図をする。去るゴンドラ。

ロダリーゴーへの指示を出し、イアーゴーは邸宅の裏、舞台奥へ退場。部下でありながらムーアの不利に働く立ち回りをしたことを隠す為。

 

 

 

本当に娘は家にいなかった、もう結婚してしまったのか?と憤るブラバンショー。娘とムーアを捕らえようと、ロダリーゴーに先導を任せる。

 

「ロダリーゴー…くん!この礼は必ずしよう」と手を取られた彼は、客席に向かい、心底嬉しそうな顔を見せてから邸宅へ入る。

 

「お嬢様…!」一人の侍女(乳母?)が窓から嘆いている。

 

 

 

 

 

 

 

引き続き水上。舞台下手側にサジタリアス館。上手にもう一つの邸宅、奥に装飾のある橋。

  

イアーゴーとオセローを乗せたゴンドラが花道から現れる。堂々と顔を上げて立つオセローと、跪きうつむくイアーゴー。

 

イアーゴー「しかしあの野郎、そりゃあひどいことを言ったのです、閣下を侮辱して。それはそうと閣下、ほんとに結婚なさったんですか?」

ブラバンショーが痛い目に遭わせようとするでしょう、と忠告してみせるイアーゴー。

 

ゴンドラがサジタリアス館に乗り付ける頃、舞台奥から別の明かりが近づいてくる。上手側に止まったそのゴンドラには、副官キャシオー。

キャシオー「公爵から閣下にご挨拶です。急ぎご出頭されたいとのこと、今すぐに。キプロスから何かあったのでしょう。緊急の用件です。」

オセローは、同行する前に家の者に一言、と館に入る。

 

「将軍はここで何を?」キャシオーが問う。「今晩、宝船を乗っ取ったのです」、結婚なさったのです、とイアーゴーが答える。「誰と?」「相手は―――」答える前にオセローが戻る。

 

舞台中央に別のゴンドラが現れる。ブラバンショー、ロダリーゴーである。松明と武器を持つ男は橋にもぎっしりと現れる。松明からは煙が上がる。

 

犬の鳴き声。緊迫した雰囲気。(オセロー以外)揃って剣を抜く三艘。「ロダリーゴー、来い!俺が相手だ!」、イアーゴーも短剣を抜く。

 

「この泥棒め、娘をどこへやった!?」、激怒するブラバンショーに、オセローは落ち着いた声色で応える。それより今は国家の一大事だと。

 

ブラバンショー「公爵が閣議を?こいつを連れて行け!どの議員も、この不当をわがことのように思ってくれよう。こんな暴挙が罷り通ってよいはずがない!よいなら、奴隷や異教徒に国を任せても大差ない!」

 

ここで音楽が流れ出し、舞台奥から、また新たな一艘が現れる。マントを被った黒服の女が、棺桶に向かいおいおいと泣いている。悲しみに暮れるゴンドラが、キャシオーとロダリーゴーの小舟を割って通る。

 

女と棺桶を乗せたゴンドラは、そのまま花道へ。舞台は暗転。

 

 

 

 

 

 

薄暗い水上から舞台はガラリと変わり、明るい照明、重厚感のある音楽。

扉が二つ。シャンデリアも二つ。壁には殉教を思わせるような巨大な絵画(矢で身体中刺された人)。

 

二人の議員が、客席を通り舞台へ上がる。舞台上では、青い衣装の公爵、赤い衣装の議員ら大勢が広い楕円テーブルを囲って騒めいている。特に身分の高い者だけが、模様のある衣装。上手下手には、手を後ろで組む軍服の男。上手側には生成色の巨大な地球儀がある。

 

一同の元へ、客席通路より、使者が駆けつける。知らせを入れるこのやりとりが二回ほど。やはりトルコ軍の目標はキプロスだと睨む一同。

 

花道を通りブラバンショー、オセロー、キャシオー、イアーゴー、ロダリーゴーが登場する。

 

公爵がオセローに出動だと命じた後、ブラバンショーが訴える。「娘が騙されたのです!これがその男です!」差し出されたオセローに、議員らが騒めく。

この時、下手からロダリーゴー、イアーゴー、キャシオー。デズデモーナへの愛を語るオセローの言葉に、ロダリーゴーは素直に嘆く身振りをとったりする。頷いたり、思わず身を乗り出したり。終には隣のイアーゴーの肩に手を置き無言で訴えるロダリーゴーだが、イアーゴーはそれを視線で払いのけるなど、ほぼ表情を崩さない。

 

オセローは何故自分達が愛し合うか、デズデモーナをここに呼び話をさせようとする。連れてくるよう任されたイアーゴーが、花道から一人退場。

 

厳粛な歌声の中、花道からデズデモーナ、イアーゴーが登場。舞台へあがる前に、白いドレスの彼女が花道で天に手を伸ばす。

彼女はブラバンショーの目の前に呼ばれ、オセローを「わが夫」と言う。彼女が認めたことで、議題は国家の戦争のこと、オセローがキプロス島に出兵すること、デズデモーナの同行を許すこと、オセローへの細かい命令・情報はイアーゴーに託すこと、今晩にはここを出ることへと進んでいく。

 

ブラバンショーは、「父親を騙した女だ、騙されるぞ、そなたも。きっと」と吐き捨て、公爵らに続き扉から退場。ロダリーゴーは悔しげに去る。キャシオーは去り際、頼んだぞと言うようにイアーゴーに合図して行く。

 

舞台上にはオセロー夫妻とイアーゴーのみ。

妻が裏切るはずがないと言い切るオセロー。「デズデモーナを預けていくぞ。お前の女房をそばにつけてくれないか。一番よい折を見て、二人を連れてきてくれ」、イアーゴーにそう告げ、「一緒に過ごせるのは一時間だけだ」とデズデモーナを連れ花道へ退場。

 

従順に頭を下げ見送っていたイアーゴーだったが、上げた顔は酷く歪んでいる。ひらりとマントを翻し、引きちぎるように外す。

  

扉からこっそり顔を覗かせていたロダリーゴーが、このタイミングで戻ってくる。イアーゴーは自身から剥ぎ取ったマントを乱暴に卓上へ放る。

 

ロダリーゴー「どうしたらいい?身投げして死にたいよ」

イアーゴー「馬鹿馬鹿しい」 

 

「財布に金を入れておけ」とイアーゴーが強調する。テーブルに腰掛けロダリーゴーを諭す。肩を引き寄せたりして。

 

「今度の戦争について行くんだ、付け髭で変装して。」

「女はおまえのものにしてやる。一緒に復讐しようじゃないか。おまえがやつの女房を寝盗れば、おまえはお楽しみ(ロダリーゴーを指でさす)、俺はお慰みだ(自分の胸を指して笑う)。行け、金を作れ。この話はまた明日だ。」

 

走り去るロダリーゴーを背に、振り向かぬまま「わかったか!」と投げかける。「田舎の土地を全部売るよ!」、困り顔で笑うロダリーゴーが退場すると、イアーゴーの独壇場である。

  

 

舞台は薄暗くなり、背景は青く染まる。イアーゴーの独白。空がゴロゴロと鳴り始める。

 

「こうして阿保は金づるとなる。俺はムーアが憎い。世間じゃ、やつが俺の女房の布団に潜り込み、俺の代わりを務めたという。俺は単なる疑いでも許しちゃおかない。ムーアは俺を信用している。騙すのには好都合だ。」

「キャシオーはいい男だ。さて、どうするか。あいつの地位を頂いて、一石二鳥の悪事といくか。どうやって?どうする?(そのまま立ち上がるイアーゴー)

オセローの耳に吹き込むんだ、あいつが奥さんに馴れ馴れしいってね。」

 

正直者のフリさえすれば、ムーアは騙せる。ロバみたいに鼻面を引っ張り回せる。

 

テーブルに立ったイアーゴーが客席に背を向ける。笑い、笑い声は大きくなり、そして「うああーー!!」、激しく叫ぶ。

振り向くイアーゴー。

 

「よおし、これだ!思いついたぞ、極悪至極!このおぞましき誕生を世の光に曝すのは、闇の地獄!!」

 

ここで落雷、轟音。背景は赤く染まっている。

 

 

 

静かな音楽が流れ出し、雷も遠ざかる。

 

イアーゴーが地球儀へ視線を移す。軽やかに滑るようにテーブルを下り、その地球儀(バルーン)を手に取る。おもちゃを見つけた子どものよう。くるくる回したり、頭上へ放り投げ(そのタイミングで華麗にターンするなど)たり、気の向くままに弄ぶ。右手から左手、上手から中央。片足を折ってテーブルへ寝そべり、ふわり、ふわり、投げては手に取るイアーゴー。そのまま終幕寸前で口元を緩め、純粋な笑い声を上げる公演もあった。