きみが世界だ!

@lazysunday_mn

【舞台 オセロー】覚え書き③

 

 

 

【第三幕】

 

舞台上にはオセローとイアーゴー。第二幕の終幕前が再演される。(キャシオーを殺す指示から「永久にお仕え致します」)

二人は肩を組んで、イアーゴーがオセローを支えながら段を上がっていく。

 

 

 

 

デズデモーナ、エミーリアが花道から登場。舞台背景は変わらず大階段の場面。

 

ハンカチをどこで失くしたのかと嘆くデズデモーナ。「私の気高いムーアが私を愛してくれて、嫉妬深い人みたいな卑しさがないからいいけれど」、その言葉にエミーリアは「あの方、嫉妬深くはないのですか?」と返す。

 

 

オセロー登場。階段中腹あたりでデズデモーナの手を取る。湿った手の下り。

 

キャシオーのことを頼み始める彼女に、嫌な鼻風邪を引いたのでハンカチを、とオセローが話題を逸らす。差し出されたそれはいちご模様(実際はさくらんぼ?だった)のものではなく、黄色いハンカチ。

 

ここから「あれは?失くしたのか?」「失くしてません」とやりとりが続く。エミーリアは一人陰った表情。「もってこい、見せろ、ハンカチだ!」「今は嫌よ、お願いをはぐらかそうとなさってるんでしょ。キャシオーを赦してあげて」「ハンカチだ!」

 

苛立ったオセローが階段の向こうへ退場すると、エミーリアは「あれで嫉妬深くないんですか?」。

こんなこと初めてだ、なくした自分は最低だ、と落ち込むデズデモーナに対し、エミーリアは自分が拾ったことを明かさないまま、「男なんて」と悪態をついてみせる。

 

 

 

イアーゴー、キャシオーが上手から登場。復職への訴えを請うキャシオーに、夫が不機嫌であることを嘆くデズデモーナ。

 

「将軍が怒っていた?」疑ったような表情でイアーゴーが言う、「将軍が怒るなんてありえない、国家の大事に違いない。会いに行こう」、そのまま階段を駆け上がり退場。

 

なるほど国家の大事か、自分のことを誤解され嫉妬される謂れはない、と言い切るデズデモーナ。「人は理由があるから嫉妬するのではなく、嫉妬深いから嫉妬するのです」と説くエミーリアと共に、デズデモーナもオセローを探そうと退場。

 

 

 

 

 

客席上手側通路より、ビアンカ登場。キャシオーはビアンカの機嫌をとるように、拾っていたハンカチを渡し、唇にキスし、模様を写してくれと言う。「今は帰ってくれ、将軍を待っているのだが女連れのところを見られてはまずい」と。

「そこまで送ってよ、そして、今晩は来るって言って」と言うビアンカにまたキスをして、二人は通路へ退場。

 

 

 

 

段上にオセロー、イアーゴー登場。

 

オセロー「忘れられたらよかったのに!おまえは言ったな、あいつが俺のハンカチを持っていたと。何か言ったのか?」

イアーゴー「はい、やったと。寝た。抱いたでもハメたでも、お好きなように」

 

オセローは怒号をあげ、崩れ落ちるように階段をおりていく。ついには失神し、舞台上に倒れてしまう。

段上に残ったイアーゴーは、オセローのずっと上から叫ぶ。「沁み込め俺の毒薬、全身にまわれ!」

そして、素早く階段を駆け降り、閣下!閣下!オセロー!と手を伸ばす。

 

 

  

客席下手側通路より、キャシオー登場。

 

キャシオー「どうした?」

イアーゴー「癲癇の発作を起こしたんです。すぐに回復なさるでしょうから、将軍が行かれたら大事なお話をさせてください」

 

キャシオー退場。同じく客席通路より。

 

 

  

目を覚ましたオセローは、イアーゴーに「男を見せてください」と諭される。そしてイアーゴーはオセローへ、これから来るキャシオーの顔に現れる嘲りを隠れて見ているように言う。下がるオセロー。

 

舞台には城壁の柱が複数。影から様子を窺うオセロー。イアーゴーは、キャシオーにビアンカの話をさせ大笑いさせよう、と独白する。

 

 

 

キャシオー登場。客席上手側通路より。

 

イアーゴー「どうしました、副官?」

キャシオー「その肩書きで呼ばないでくれよ。なくしたことが、ますますつらくなる」

  

ビアンカの話をする二人。笑うキャシオーに、隠れたまま憤るオセロー。

キャシオーが下手側へ移動し、あとに着くイアーゴーがオセローに手で合図をする。

そうとは知らぬキャシオーは、ビアンカが自分の腕に身を寄せる様子を、イアーゴー相手に再現し笑う。イアーゴーも声を上げて笑う。

 

 

 

その後、客席上手通路からビアンカ登場。

 

「よその女に貰ったんだろう、あんたの淫売に返してやりな。模様を写したりしてやるもんか!」と、ハンカチを突き返すビアンカ

 

ここでイアーゴーは少し離れた下手側で、湧き上がる悪どい笑みをこっそり零す。

 

下手へ走り去ったビアンカ。追いかけろとけしかけられ、キャシオーも退場。

 

 

忍耐していたオセローが影から出てくる。あのハンカチが他人の手にあったのを見て、イアーゴーに毒を手に入れろと命じる。

「毒ではなく、ベッドで首を絞めなさい。自分で穢したベッドだ」、なるほどと乗るオセロー。

 

 

ラッパの音。石壁が動き、再び大階段。かざされる赤い旗。

 

ロドヴィーコー、デズデモーナ、その他複数人の従者らが登場。赤の衣装で華やかになる舞台。

 

ロドヴィーコーは公爵からの手紙をオセローに渡す。上手側で読むオセロー。

舞台中央、イアーゴーは恭しくロドヴィーコーに挨拶する。だが相手の反応は釣れなく、更にはキャシオーの様子を気にする言及。

 

デズデモーナは、夫とキャシオーの間に溝が出来たこと、仲直りさせたいことをロドヴィーコーの前で話す。手紙を読んでいたオセローは、その瞬間「地獄へ落ちろ!」と叫ぶ。衝撃を受けるデズデモーナ。ロドヴィーコーは「手紙に動揺なさったのだ、オセローに帰国命令が下り、代わりにキャシオーを総督にせよとの命令なのだ」と説明する。それは嬉しい、と零すデズデモーナに、オセローが歩み寄る。「悪魔め!」と叫び、彼は妻を平手打ちにする。

 

時が止まったかのように、居合わせた一同が衝撃に息をのむ。驚いて飛び立つ鳥の鳴き声。 

エミーリアがすぐに駆け寄る。イアーゴーもそばへ跪く。泣いているデズデモーナは、ご不快なら消えます、と階段へ。中腹で座り込む。

 

謝って呼び戻すようロドヴィーコーが促すが、オセローは彼女を罵倒し、出て行けと繰り返した。

デズデモーナ、泣きながら退場。エミーリアが付き添う。

 

その後、オセローは左右の議員を威嚇しながら段を上っていく。

「キャシオーが後任となります。キプロスへようこそ。盛りのついた山羊め!」、踏み面で叫び、黄色い裾を大きく翻し退場。

 

 

 

 

これがあのオセローか、と動揺するロドヴィーコー。随分変わったのだと答えるイアーゴー。後を追って様子を見てください、と。

 

ロドヴィーコー「残念だが、見損なっていたようだ」

 

ここで議員ら一同は、段を上がるポーズのまま静止する演出。そのまま舞台奥へ階段が引き込まれていく。

 

残ったイアーゴーは、白い照明で一人ぽつんと照らされている。間を空け、猫背気味に走り去って下手へ退場。

 

 

 

 

 

舞台は動き、巨大な鏡の間。

鏡中央は、登場退場に合わせて両開きの扉になる。上手下手寄りにも、それぞれ1つずつ、片開き。

 

右(上手側)扉からオセロー、エミーリア登場。彼女はデズデモーナの貞淑を主張する。

 

エミーリア「どこかの悪党が閣下の頭にそんなことを吹き込んだなら、天がその者に毒蛇の呪いを与えますよう」

オセロー「あれを呼べ」

 

エミーリアがデズデモーナと戻る。

再び「下がれ」と命じられたエミーリアは、不安そうに振り返りながらも左扉へ退場。

 

オセローが妻の裏切りを詰問する。誤解だと繰り返し答えるデズデモーナ。尚怒り狂う夫を前に、ついに彼女は失神する。

オセローはエミーリアを呼び、このことは口外するなと釘を刺し、右扉へ退場。

 

  

目を覚ましたデズデモーナは、寄り添うエミーリアからハッと身を引き、怯えている。

 

エミーリア「旦那様はどうなさったんです?」

デズデモーナ「旦那様って誰?」

 

悲しみに耽るデズデモーナは、今晩は婚礼のシーツを敷くこと、イアーゴーを呼ぶことをエミーリアにしつける。

 

エミーリア、右扉へ退場。間もなくイアーゴーと共に登場。

 

イアーゴーがデズデモーナのそばで跪く。「泣かないで、泣かないで。可哀想に。」

  

エミーリア「きっとどこかのとんでもない悪党が、こんな悪口を思いついたに違いないよ!この首かけてもいい!」

イアーゴー「おい。そんなやつはいないさ、ありえない」

エミーリア「ムーア様はとんでもないひどい悪党に騙されたんだ!どこかの卑しい悪い奴、唾棄すべき下種下郎に!」

イアーゴー「(立ち上がり)声が高い!!」

  

声を荒げるエミーリア、座り込んだまま静かに嘆くデズデモーナ。

 

デズデモーナ「ねえイアーゴー、あの人のところへ行って。」

イアーゴーは背を向け数歩動くだけ。そのまま立ち止まって動けない。

 

デズデモーナ「私、どうして嫌われたかわからない。こうして跪きます。」 

泣きながら声を張り上げ、夫への愛を誓うデズデモーナ。

 

寄り添い跪いたイアーゴーが、恭しく慰める。(独白や対男性への声色とは違う。)

 

イアーゴー「将軍は虫の居所が悪かったのです。国家の大事で気分を害し、奥様に八つ当たりなさったのです。保証します。

 (ラッパの音)

 ほら、ヴェニスからの使者の方々が食卓でお待ちだ。中へ入って?泣かないで。万事うまくいきますよ。」

 

 

デズデモーナが泣き声をあげながら抱きつく。目を丸くし戸惑うイアーゴー。背中で右手が浮いている。

間が空き、ようやくその背と肩へ手を添える。(公演によっては、終にはそれすら出来ない)

 

エミーリアが寄り添い、デズデモーナの肩を抱く。立ち上がる彼女の肘を、イアーゴーも支える。

デズデモーナ、エミーリア、鏡中央の扉を開け退場。

 

  

扉が閉まる。ここでは遮断するように、ガタンと大きく響く音。

 

舞台中央の鏡に向かうイアーゴー。映る自分を見て、「あっ、あっ、ああ!!」恐れおののくように声をあげる。後ずさり、腰を抜かし、転倒する。

地に拳を打ち付け、「うあああー!!!」、叫ぶ。

(恐らくこのあたりから、彼は明らかにやつれた顔付きになり、背を丸め気味で、呼吸が乱れたり時折肩で息をしたりする。)

 

 

 

右扉からロダリーゴーが駆けこんでくる。そのままの勢いでイアーゴーの胸倉に掴みかかり、強く身体を揺する。イアーゴーの服も髪も、更に乱れる。

 

ロダリーゴー「おまえ、僕のことちゃんとしてくれないじゃないか。もうこれ以上耐えられない。」

イアーゴー「(苦笑する口元で)やれやれ、よしわかった。」

ロダリーゴー「 “ よし ” ?  “ やれやれ ” ? やれないよ、よくもないよ!」

イアーゴー「よしわかった。」

ロダリーゴー「よくないって言ってるじゃないか!デズデモーナに直接挨拶する。僕の宝石を返してくれるなら、求愛は諦めるよ。返してくれなかったら、絶対君に弁償してもらうからな!」

 

イアーゴーが小さく笑い声を上げ、「気骨がある」「見直した」と、握手を求め手を差し出す。ロダリーゴーがその手を払いのける。

 

胸倉を掴み返したり一歩引いたりしながら、イアーゴーが話す。

「今晩その男っぷりのよさを見せてくれ。ヴェニスから命令が来て、キャシオーが後任と決まった。オセローとデズデモーナはモーリタニアへ行く。何かの事故でここでの滞在が長引かないかぎり。たとえば、キャシオーが消されるといった決定的な事故が。」

 

キャシオーを消せと。やつは今晩商売女の家で夕食だ、俺も行くのでおまえも来てくれ、と。

 

ロダリーゴー「もっとちゃんと説明してくれなきゃ!」

イアーゴー「納得いくまで説明してやるよ!」

 

掴みあっていた胸倉を突き離し、叫んだイアーゴーが下手側扉から走り去る。ふらつきよろけながら後を追い、ロダリーゴーも退場。

 

 

 

 

 

鏡中央が開き、オセロー、ロドヴィーコー、デズデモーナ、エミーリア、その他議員らが登場。夕食を終えたロドヴィーコーらを見送る場面。

 

オセローは妻に先に寝ているよう告げる。そして、エミーリアは下がらせろと。彼らは花道へ消え、デズデモーナとエミーリアの二人のみ舞台に残る。

 

あんな人にお会いにならなければよかった!と叫ぶエミーリアに対し、デズデモーナはそうは思わないと言う。「ピンを外して」と頼み、柳の歌を歌う。

 

(♪)

スズカケの下  ため息ついて

柳の歌を   ああ、ああ

 

 

そこから続く美しい歌声を聴きながら、髪のピンを外し、デズデモーナの髪を梳くエミーリア。

 

本当に夫を裏切り浮気できる女なんているのか?いますよ、エミーリアが答える。

  

デズデモーナ「全世界が手に入るとしたら、そんなことするの?」

エミーリア「しますよ。亭主を皇帝にできるなら。私だったら、煉獄の苦しみにあってもやりますね」

  

デズデモーナ「おやすみ、おやすみ」

 

二人は手を取り立ち上がり、肩を抱いて、舞台奥へと消えていく。ここで舞台は大きく動き、再び、城壁の空間へ。階段はなく柱のみ。

 

 

 

イアーゴーとロダリーゴーが、客席上手側通路を駆け抜け登場。

二列付近で一度止まる。そばについているからキャシオーを刺せ、と言うイアーゴー。先にロダリーゴーを舞台へ上がらせ、自分は足をかけた状態で独白。どちらかが死んでも、両方死んでも、俺の得になると。

 

イアーゴーも舞台へ乗り上がり、柱の影へ隠れる。明かりを持ったキャシオーが下手側通路より登場。

 

ロダリーゴーが「うっ、うわあ!!」と叫びながら斬りかかる。キャシオーが斬り返す。

 

素早く影から出てきたイアーゴーの身体が、暗闇の中でキャシオーの背とぶつかる。そのまま彼の足へ短剣を突き刺す。

 

ここで花道には、ロドヴィーコーとグラシアーノー。その明かりを見て、慌てて隠れるイアーゴー。

舞台中央ではキャシオー、上手ではロダリーゴーが負傷している。

 

イアーゴーはランタンを持ち、柱の影からすぐに出直す。助けを求めるキャシオーへ駆けつけ、「なんて事だ、副官じゃないですか!」と叫ぶ。上手からはロダリーゴーの声がする。あれが犯人の一人だ、と言うキャシオー。

 

「悪党め!」と叫び、イアーゴーがロダリーゴーを刺す。ここで音楽がスパッと止まる。赤いライトで照らされる足元。

 

ロダリーゴー「騙したな、イアーゴー!人でなしの、…犬!!」

 

そばへ駆けつけたロドヴィーコー、グラシアーノーに、キャシオーが斬られたことを報告するイアーゴー。

 

影からビアンカが登場。気を失うキャシオー。

 

自分が刺した男へ明かりを近づけさせ、「友人のロダリーゴーじゃないか!ああ!」と取り乱してみせるイアーゴー。この時、ビアンカは布でキャシオーの足を縛ったり、大丈夫?と何度も声をかけたり、キャシオーが答えてキスをしたりしている。

 

キャシオーは大丈夫か、担架だ、の声に、二人の男が担架を運び込む。キャシオーは下手へ運び出され、ロダリーゴーも上手へ片付けられる。

 

イアーゴーはビアンカを疑ってみせる。罵られ、必死に否定するビアンカだが、白状させるぞ!と突き飛ばされる。

一同を先に退場させるイアーゴー。柱に手をつき、呼吸を乱し、ふらついている。

 

イアーゴー「俺の人生、今夜で決まりだ。成功するか。でなきゃ一巻の終わりだ!」

 

言い捨て、下手へ走り去る。

 

 

 

 

  

再び鏡の演出。それが理由だ、と独白しながら、オセローが花道に登場。デズデモーナは舞台中央の真っ白なベッドで、真っ白な服を纏って眠っている。ベッドには薄いカーテンがかけられている。

 

ベッドへ上がり、オセローはデズデモーナを嗅ぎ、キスをする。もう一度、もう一度と。デズデモーナが目を覚ますと、祈れ、とオセローは言う。心の準備ができていないおまえは殺さないと。

 

「殺すですって?」怯えるデズデモーナ。「キャシオーは白状したのだ」「逝ってしまったのね」

 

怯え、殺さないでと涙ながらに訴える彼女の首を、オセローは絞めていく。だらんと脱力し、ベッドに沈むデズデモーナ。

そのタイミングで、扉の向こうからエミーリアの「オセロー様!」の声。「どうか!」と何度も声をかけるエミーリア。

オセローはベッドのカーテンをかけ、戸の鍵を開け、中へ入れる。

エミーリアはロダリーゴーが殺されたこと、キャシオーは生きていることを知らせる。

 

デズデモーナ「罪もないのに殺された!」

死んだデズデモーナの声に、エミーリアが慌ててカーテンを引く。

 

事を知り、オセローに怒りをぶつけるエミーリア。

「キャシオーに抱かれたのだ。おまえの夫が何もかも知っている」、オセローの台詞に、「私の夫が?」何度も繰り返し訊き返す。

 

  

エミーリア「ああ奥様!悪事が愛を嘲ったんだわ!!」

 「あんたなんか怖かないよ!(オセローに剣を抜かれ)剣なんか怖かないよ!」

 

強く叫ぶエミーリア。人殺し!と助けを求める彼女の声に、モンターノー、グラシアーノー、最後にイアーゴーが右扉から登場。

 

エミーリア「来てくれたのねイアーゴー!あんた、男なら、この悪党の言うことを否定して頂戴。奥様が不倫したって、あんたが言ったとこいつは言うのよ。そんなこと言わないわよね?」

イアーゴー「俺は思ったことを言ったまでだ。将軍がご自身でなるほど真実だと思われたことしか言ってない。」

エミーリア「だけど、ほんとに奥様が不倫したって言ったの?」

 

間が空き、

 

イアーゴー「言った」

  

 

やつれた顔で、「もう黙ってろ」とイアーゴーが妻を制する。

エミーリア「黙らないわ話さなくちゃ!奥様はこのベッドで殺されてるんだ!」

 

「まさか!!」

 

 

オセローが語る。妻とキャシオーの不義。そして妻がキャシオーに例のハンカチをやったこと。

 

エミーリア「ああ!!神様、ああ!何てこと!」

イアーゴー「ええい黙ってろ!」

  

自分が夫に渡したハンカチが、デズデモーナ殺害のきっかけになっていた。知ってしまったエミーリアが激しく嘆いて足をふみ鳴らし、全て喋ってやる、と叫ぶ。

 

イアーゴーは剣を抜き斬りかかろうとするが、グラシアーノーに抑えられる。

 

エミーリア「ああ、馬鹿なムーア。そのハンカチは、私がたまたま拾って夫にあげたのよ。」

イアーゴー「(抑えられながら身を乗り出して)悪党の淫売め!」

エミーリア「奥様がキャシオーにやったですって?とんでもない!私が見つけて、この人にやったんだ!」

イアーゴー「この嘘つきめ!」

エミーリア「天に誓って噓じゃない!嘘じゃありません皆さま!」

 

抑え付ける手を振り払い、イアーゴーがエミーリアを刺す。抱きしめているように見えるのに、腹部には剣が突き刺さっている。イアーゴーに両腕を回すエミーリアと、左手だけで抱き返すイアーゴー。

(初日から数公演は、背後を取ってサクッと脇腹から刺し、すぐに逃げ去る演出だった)

 

 

痛みの中でエミーリアが顔を上げる。至近距離で顔を寄せる二人。イアーゴーに向かい「ああ、奥様のとなりに寝かせて」と残してから、呻き声を上げて崩れ落ちる。イアーゴーは左扉から逃亡。追いかけるグラシアーノー、モンターノー。

 

取り返しのつかない絶望の中で笑い狂うオセロー。エミーリアはデズデモーナに語りかけながら手を伸ばし、「柳、柳、(苦しそうに)柳、」歌う。

思い残すことはないと言い、そのまま倒れてしまう。

 

 

 

静寂の中。オセローが、部屋にあるもう一つの武器を手に取る。私をご覧ください、とグラシアーノーを呼ぶ。

 

オセロー「オセローはどこへ行く?おまえは今どんな顔をしている?(ベッドで冷たくなったデズデモーナに触れる)貞淑の鑑のようだ。ああ、デズデモーナ、死んでしまった、ああ!!」

 

ロドヴィーコーやモンターノー、杖をつくキャシオー、複数の役人が現れる。最後に、縄で後ろ手に縛られ、髪は乱れ、争った後のように軍服の前は開かれ、肩で息をするイアーゴー。役人に囚われている。

 

悪党を引きずり出せ、の声で、乱暴にイアーゴーが突き飛ばされる。「うっ」と小さな呻き声。苦しげな呼吸音。

 

剣先でイアーゴーの顎を持ち上げるオセロー。「悪魔のつま先は割れているというが、作り話か。おまえが悪魔なら、死なないはずだな。」

 

オセローがイアーゴーの左足を、ねっとりを刺す。血は出ても、簡単に死なせなどしない。

 

 

なぜ罠にかけたのかと問うオセロー。間が空く。

 

 

イアーゴー「俺に聞くな。わかってることは、わかってるはずだ。これからは、一言も口をきくものか。」

  

何と祈りもしないのか!と騒めく一同。キャシオーが、イアーゴーが「ハンカチはわざと落としておいた」と自白したことを伝える。夜警の喧嘩の件も、イアーゴーが仕向けたのだとわかっていた。

 

ロドヴィーコーが、「オセローの全ての権利を剥奪しキプロス総督はキャシオーに後任させる、オセローは罪状が決まるまで拘束される」ことを告げる。

 

お待ちください、と止めるオセロー。前に出した手のひらを、長い間をもってゆっくり握っていく。

 

 

オセロー「私は国家に多少の貢献があり、政府もそれは認めている。どうか、手紙でこの不運な出来事を報告なさるとき、私をありのままにお伝えください。賢く愛せなかったが、深く愛した男のことを。容易に嫉妬せぬが、けしかけられて極限まで心を乱した男のことを。その手で何物にも替えがたい大切な宝石を投げ捨ててしまった男のことを。」

 

このオセローの台詞の中、第一幕が開く前のあの歌声が流れている。イアーゴーは膝をついたまま、呼吸を整えながらじっと地面を見つめ続ける。(これまでは、オセローが話しているとき、相手をずっと目で追っていたのに。)

 

「そしてその報告につけ加えてください、ヴェニス人を侮辱したトルコ人の喉笛を掴み、こうして、ぶち殺したと!」、オセローが死んだデズデモーナの隣で、自らの喉元に刃を当てる。痛ぶるように小刻みに動かし、ゆっくりと搔き切る。

 

 

死に際のオセローはデズデモーナにキスをし、覆いかぶさるように、静かに絶える。

 

 

ロドヴィーコー「(イアーゴーに向かって)このスパルタの犬め!苦悩も、飢えも、荒波も!おまえの残忍さにはかなわない!このベッドに折り重なった非劇を見ろ!おまえの仕業だ、見ていられない!

グラシアーノー殿、この邸とムーアの財産を没収しなさい。あなたには、総督!この悪魔のような悪党の取り調べをお願いする。私は直ちに船に乗り、急ぎましょう、帰国を。重い心でせねばなりません、つらい報告を。」

 

 

 

 

 

 

突然扉が開き、武器をかざした軍人達の奇襲。そこから、舞台上の人という人が、互いに斬りつけ殺し合う。怒号や呻き声、死に絶える人々。目を開いたまま動かなくなった人。モンターノーに抱き上げられていたはずのエミーリアの遺体も、再びベッドを背に放り出されている。

 

舞台は真っ赤に染まる。

 

その中でただひとり、動かず沈黙のイアーゴー。

彼以外のすべての人は倒れてしまった。

 

 

 

手を縛られたままのイアーゴーが身をよじって立ち上がる。負傷した足を引きずり悲劇のベッドへ。もたれ掛かり、座り込む。

 

隣には妻の遺体。背にはデズデモーナとオセローの遺体。周りに散らばった多数の遺体。自分しか生きていない。

 

 

地面の一点を見つめるイアーゴーの表情は、読み取りにくいものだった。

 

 

 

 

 

 

終幕。